所在地 | 大阪府池田市西本町2-20 |
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TEL | 072-751-4676 |
山号 | 医王山(いおうざん) |
院号 | 神願院(しんがんいん) |
宗派 | 浄土宗 |
本尊 | 阿弥陀如来 |
創建 | 奈良時代(8世紀) |
開山 | 行基菩薩(伝聖武天皇勅願) |
寿命寺(じゅみょうじ)は、大阪府池田市西本町にある浄土宗の寺院で、医王山神願院寿命寺と号します。聖武天皇の勅願により行基菩薩が開山したと伝えられる古刹で、約1300年にわたる長い歴史を持ちます。本尊は阿弥陀如来で、中世以降は武家の信仰を集めるなど寺運興隆しました。近代では阪神・淡路大震災で堂宇が倒壊しましたが、その後再建され、現在は永代供養の納骨堂を併設する現代的な寺院となっています。
現在の本堂は、1998年に再建された鉄筋コンクリート造の建物である。伝統的な意匠を取り入れつつ近代的な設備を備えた堂宇で、館内には法要施設のほか屋内型の納骨堂「池田龍聖御廟」が併設されている。バリアフリー対応のエレベーターや参拝ブース、屋上庭園なども整備されており、現代の都市寺院として快適性と宗教性を両立した造りとなっている。かつて存在した七堂伽藍は明治以降に失われ、現在は本堂を中心としたコンパクトな伽藍配置となっている。
山門は寺の正門にあたる。往時には楼門など大規模な門が構えられていたと推定されるが、現在その遺構は残っていない。現在の山門は本堂再建時に新設されたもので、シンプルな薬医門形式の門柱と扉を有する(※具体的な意匠は公開資料がないため詳細不明)。境内入口として参拝者を迎える役割を果たしている。
本尊は阿弥陀如来坐像である。室町時代の再建(1559年)に際し、浄土宗に改まったことで新たに本尊として安置されたものと伝わる。それ以前の創建当初は薬師如来を本尊として祀っていた可能性も指摘される(山号「医王山」の号は薬師如来〈医王如来〉に由来する)。現在の阿弥陀如来像は木造で高さ数尺程度、光背と台座を含めて安置され、本堂内陣に祀られている。一般公開はされていないが、法要の際に拝観できる。
寿命寺には長い歴史を物語る貴重な寺宝や古文書が数多く伝来している。その一つが「木造雨乞いの龍」と称される全長約4.3メートルの龍の彫刻で、雨乞い儀式に用いられた民俗資料である。この雨乞い竜は池田市の重要有形民俗文化財にも指定され、地域の信仰史を伝える貴重な遺品となっている。また、南北朝時代以降に当地を治めた武士たちが奉納・使用したとみられる軍旗や兜なども所蔵されている。これらの武具類は、寿命寺が中世以来武家の祈願所として厚く信仰されてきたことを示す史料である。その他、寺には創建から近世に至る古文書が保管されており、寺史や地域史研究の上で重要な資料群となっている。寺宝の一部は地元の郷土資料館等で特別公開されることがあるが、通常は寺内にて大切に保存管理されている。
奈良時代
(720年代)
聖武天皇の勅願により行基菩薩が当地に寺院を開いたと伝えられる。当初は疫病退散を祈願する勅願道場として建立されたとされる。
室町時代中期
(15世紀後半)
室町幕府8代将軍・足利義政の命により堂宇が再建され、境内規模は東西約2町(約220メートル)、南北約2町半(約275メートル)に及ぶ七堂伽藍が整えられた。
1559年
(永禄2年)
戦国期の混乱で荒廃していた寺を僧・円誉運策が中興し、このとき真言宗から浄土宗に改宗して本尊を阿弥陀仏に改めた。
1697年
(元禄10年)
江戸時代中期に堂宇を再建。以後、近代まで寺観が維持された。
1995年
(平成7年)
1月17日の阪神・淡路大震災により本堂など寺の建物が全壊する被害を受けた。
1998年
(平成10年)
鉄筋コンクリート造の本堂が再建され、現在の寿命寺が完成した。