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長寿寺ちょうじゅじ

正徳5年(1715年)創建、蛍池の地に300年続く浄土真宗本願寺派の古刹

所在地 大阪府豊中市蛍池中町2-7-10
宗派 浄土真宗本願寺派(本山:西本願寺)
山号 仏性山(ぶっしょうざん)
本尊 阿弥陀如来立像(あみだにょらい りゅうぞう)
創建 正徳5年(1715年)
開基 恵三(えぞう)
拝観 境内自由(拝観無料、5:30~18:30 年中無休)

阿弥陀如来を本尊に、枝垂れ桜と共に地域の信仰と平和を見守り続ける仏性山 長寿寺

長寿寺(ちょうじゅじ)は、大阪府豊中市蛍池中町にある浄土真宗本願寺派(西本願寺)の寺院である。 江戸時代中期の正徳5年(1715年)に恵三上人によって開かれ、約300年にわたり地域に根差してきた。 蛍池地区で唯一の寺院として、地域住民の精神的な拠り所となっており、長く人々の信仰を集めている。 本尊は阿弥陀如来立像で、古くから多くの人々に親しまれている。

現在の本堂は昭和55年(1980年)に再建された鉄筋コンクリート造の堂宇で、質実ながらも堂々とした佇まいを見せる。 老朽化した旧木造本堂を建て替えたもので、現代的な構造ながらも本願寺派寺院らしい落ち着きと温かみを感じさせる。 門前には「仏性山 長寿寺」の山号を掲げた山門があり、住宅街の中で静かにその存在を主張している。 観光寺院として大々的に開放されているわけではないが、境内は自由に立ち入り可能で拝観料も不要。 静かな環境の中で、歴史ある寺院建築と庭の風情を味わえる穴場的なスポットとなっている。

また、長寿寺では浄土真宗の教えを伝える活動が今も活発に行われている。 住職や外部講師による法座(仏教法話の集い)が定期的に開催され、門信徒に限らず地域の人々にも開かれた場となっている。 近年は社会状況により一時休止していた時期もあるが、再開の際には多くの参加者が訪れるという。 こうした法要や講座を通じ、長寿寺は現代においても地域の信仰と交流の中心として機能し続けている。

  • 山門

    正面に構える山門はこぢんまりとした造りながら、「浄土真宗本願寺派(西)仏性山長寿寺」と記された額が掲げられている。 木造瓦葺きの落ち着いた門構えが寺の由緒と品格を感じさせ、門をくぐると整然とした参道の先に本堂が見える。 住宅街の中にありながら、境内には静謐な空気が流れている。

  • 本堂

    鉄筋コンクリート造の本堂は昭和55年(1980年)に再建されたもので、屋根は伝統的な流れ造りを模した美しい曲線を描く。 内陣には阿弥陀如来像が安置され、金色に輝く荘厳が施されている。 普段は非公開だが、法要の際にはお勤めが行われ、外からも念仏の声が聞こえることがある。

  • 枝垂れ桜

    本堂左手に立つ枝垂れ桜の古木は長寿寺を代表する景観の一つ。 ソメイヨシノよりも早く開花し、春の訪れを告げる。満開時には淡紅色の花が枝から垂れ下がり、夜間のライトアップでは幻想的な光景が広がる。 桜の季節には近隣から花見客が訪れ、境内が華やかな雰囲気に包まれる。

  • 四季の草木と蘇鉄

    境内には季節ごとに様々な植物が植えられており、夏には百日紅(サルスベリ)の鮮やかな花が咲く。 滑らかな幹とピンク色の花が緑の葉に映え、夏の境内を涼やかに彩る。 また、庭先には南国風の蘇鉄(ソテツ)の大株があり、仏花として本堂に供えられることもある。 これらの植物は文化財指定こそないが、長寿寺の歴史と共に育まれた自然の遺産である。

  • 史跡・石碑

    境内には歴代住職や信徒の墓碑、石碑が点在している。鐘楼跡と思われる石積みも残り、往時の面影を伝えている。 江戸後期の天明6年(1786年)に鋳造された梵鐘が存在した記録もあるが、戦時中の金属供出で失われた可能性が高い。 これらの史跡の断片からも、長寿寺が歩んできた300年の歴史を感じ取ることができる。

  • 静寂の境内

    全体として境内は広くないながらも、整然と手入れされた庭木や石畳が美しい。 華美な装飾や大規模建築はないが、素朴な中に歴史の重みと仏教寺院らしい品格が漂う。 観光地化されていないため混雑も少なく、静けさの中で心落ち着く時間を過ごすことができる。

長寿寺のあゆみ

  • 1715年(正徳5年)

    長寿寺の創建

    中興開基・恵三上人により仏性山長寿寺を創建。 蛍池村の人々の浄土真宗信仰の拠点として開かれ、以後300年以上にわたり地域に根付く寺院となる。

  • 1786年(天明6年)

    梵鐘の鋳造

    江戸時代中期、寺院活動が隆盛を極めた頃に梵鐘を鋳造。 後年、豊中市の文化財として記録された痕跡があるが、現物は戦時中の金属供出により失われた可能性がある。

  • 1871年(明治4年)

    明治維新と寺院存続

    廃藩置県により麻田藩領が公地化され、神仏分離令が発布される中でも、長寿寺は真宗寺院として存続。 地域信仰の場として人々の生活に寄り添い続けた。

  • 1945年(昭和20年)

    戦中・戦後の状況

    太平洋戦争終結。大阪空港に近い立地ながら戦火による被害はほとんどなく、戦後も寺院機能を維持。 金属類回収令により一部の寺宝を失った可能性があるが、詳細は不明。

  • 1980年(昭和55年)

    本堂の再建

    老朽化した木造本堂を解体し、鉄筋コンクリート造の新本堂を建立。 落慶法要が営まれ、境内諸施設の整備が進められた。

  • 2015年(平成27年)

    創建300周年記念

    創建300年を迎え、記念法要や行事を開催。 檀信徒が多数参集し、寺の歴史と先人の功績を振り返りながら節目を祝った。

  • 2020年(令和2年)

    新型コロナ禍と再出発

    新型コロナウイルス感染症の影響により法座や定例行事を一時中断。 その後、安全対策を講じながら徐々に行事を再開し、地域の信仰の灯を守り続けている。

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