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西琳寺さいりんじ

寛永5年(1628年)、中村治右衛門重直により創建された浄土真宗本願寺派の古刹

所在地 大阪府豊中市曽根東町5-4-5
電話 06-6862-7880
宗派 浄土真宗本願寺派(西本願寺)
山号 應頂山(おうちょうざん)
本尊 阿弥陀如来(あみだにょらい)
創建 寛永5年(1628年)
開基 中村治右衛門重直(なかむら じえもん しげなお、法名:宗善)
拝観時間 9:00~17:00(年中無休)

赤松氏ゆかりの旧家を開基とし、地域に根差して四百年の歴史を紡ぐ應頂山 西琳寺

西琳寺(さいりんじ)は、江戸時代初期の寛永5年(1628年)に創建された浄土真宗本願寺派(西本願寺)の寺院である。 当時の豊島郡岡山村(現在の豊中市一帯)の辻野に、開基・中村治右衛門重直(法名:宗善)が本願寺第12代門主・准如上人(顕如の三男)の教化を受け、当地に建立した。 中村家は室町期に勢力を誇った赤松氏の一門・上月氏の一族にあたり、江戸初期に播磨国から岡山村へ移住した武家であったと伝えられる。 境内には中村家および上月氏の墓碑が現存し、地方豪族の菩提寺としての成立を物語っている。

創建以降、西琳寺は浄土真宗の道場として岡山村(のちの豊中町)の人々の信仰を集め、地域の精神的拠点として発展した。 江戸後期の天保2年(1831年)には、伊勢参宮が盛んになった「おかげ年」に村民が奉納した石灯籠が建立されており、その台座には「岡山村」と刻まれている。 この石灯籠は現在も山門前に残り、当時の庶民信仰の熱気を伝える貴重な文化遺産である。 また、本尊の阿弥陀如来像は開山当初から伝わる金箔仕上げの尊像で、内陣に安置されている(通常非公開)。

明治維新後も西琳寺は地域の浄土真宗寺院として法灯を継承。 第二次世界大戦中には疎開してきた子どもたちを受け入れ、本堂を学び舎として開放していたと伝わる。 戦後は都市化が進む中でも緑豊かな境内環境を守り続け、現在も豊中市曽根の静かな住宅地にあって、 地域に寄り添う信仰と文化の場として歴史を紡いでいる。

  • 本堂

    入母屋造瓦葺きの仏堂で、西琳寺の中心となる建物。創建以来、幾度かの改修・再建を経ながらも伝統的な浄土真宗寺院の様式を保持している。 内部正面には金色に輝く須弥壇と内陣が設けられ、本尊・阿弥陀如来像を安置。法要時には宮殿(くうでん)の豪華な荘厳が参拝者の目を惹く。 本堂前の玉砂利と松やモミジの緑が調和し、静寂で厳かな雰囲気を漂わせている。

  • 山門

    境内入口に建つ切妻屋根の木造瓦葺き門で、両脇に袖塀を従える。 門柱には「西琳寺」「應頂山」の額が掲げられ、寺の格式を伝える。 門前右手には「不許葷酒入山門」の石標が立ち、仏門の戒めとして今も訪れる人々の目を引く。 門越しに望む本堂の姿は、伝統的な寺院景観の美しさを今に伝えている。

  • 鐘楼堂

    山門をくぐって左手にある小さな鐘楼堂。江戸中期頃の造立とされ、袴腰造りの建築に宝形屋根を載せている。 吊るされた梵鐘は18世紀後半(天明年間とも伝わる)の作で、長年地域に時を告げてきた。 夕刻や法要時に響く鐘の音は、周囲の住宅地にも穏やかに響き渡る。

  • 石灯籠(おかげ灯籠)

    山門前に立つ一対の石灯籠のうち、右側は天保2年(1831年)に建立された「おかげ灯籠」。 伊勢参宮の流行した「お蔭参り」の際、村人たちが無事帰村を感謝して奉納したもので、台座には「奉納 岡山村」と刻まれている。 笠石や柱に彫られた蓮華文様が美しく、当時の庶民信仰を伝える文化遺産となっている。

  • 石仏・石碑群

    境内や墓地には歴代住職や檀信徒による石造物が点在する。 本堂裏の墓域には開基・中村重直の墓碑や上月家の古い五輪塔などがあり、苔むした石仏が往時の信仰を物語る。 参拝の際は立ち入りを控え、遠くから静かに手を合わせて拝観するのが望ましい。 ほかに地蔵菩薩や弘法大師像などの石仏も安置され、参拝者の心を和ませている。

  • 庭園・植栽

    境内は広くはないが、四季折々の草花や常緑樹が整えられている。 春には山門脇の桜が咲き誇り、初夏にはアジサイが境内を彩る。 本堂前には古木のクロマツが枝を参道上に伸ばし、左右からアーチ状に覆いかぶさるような景観を作り出す。 秋にはモミジが紅く染まり、歴史ある伽藍とともに趣ある秋景色を演出する。 都市近郊にありながら静寂を湛えた境内は、訪れる人々に安らぎを与えている。

西琳寺のあゆみ

  • 1628年(寛永5年)

    西琳寺の創建

    中村治右衛門重直(宗善)が准如上人の弟子となり、豊島郡岡山村辻野に西琳寺を創建。 浄土真宗本願寺派の寺院として開基し、本尊阿弥陀如来を安置。以後、岡山村の念仏道場として寺運が始まる。

  • 18世紀中頃(宝暦・明和年間)

    本堂の大改修

    この頃までに本堂の大規模改修や再建が行われたと伝わる。 詳細な記録はないが、鐘楼堂など境内設備の充実が進み、寺観が整った時期と推定される。

  • 1831年(天保2年)

    おかげ灯籠の建立

    お蔭参り(伊勢神宮への集団参詣)が盛んになり、村民が西琳寺門前に石灯籠一対を奉納。 そのうち一本は「岡山村」と刻まれたおかげ灯籠として現存し、庶民信仰の記念碑として後世に伝わる。

  • 1868年(明治元年)

    神仏分離と寺院存続

    神仏分離令の施行により一時混乱があったが、西琳寺は浄土真宗寺院として存続。 廃仏毀釈の影響もほとんど受けず、明治期を通じて地域信仰を維持した。

  • 1945年(昭和20年)

    太平洋戦争と戦後の復興

    戦時中、寺は本堂を開放して疎開児童を受け入れるなど地域住民に協力。 空襲による被害を免れ、本堂・山門など主要建造物は戦前の姿を留めたまま戦後を迎える。

  • 1970年代(昭和中期)

    境内整備と修復

    老朽化した堂宇の修復・耐震補強を実施。屋根の葺き替えや石畳の整備など、近代的な境内整備が進められた。

  • 2000年代以降(平成~令和)

    文化財としての保存と地域開放

    豊中市教育委員会編『とよなか歴史・文化財ガイドブック』(2003年)で紹介され、歴史散策スポットとして注目。 現在も報恩講や盆法要などの行事で一般参拝者を受け入れ、地域に開かれた寺院としての役割を果たしている。

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