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良政寺りょうせいじ

延享年間に創建され、荒行成満の祈祷道場として法灯を伝える妙信山の日蓮宗寺院

寺院名 良政寺(りょうせいじ)
所在地 大阪府大阪市西淀川区大和田5丁目11-19
山号 妙信山(みょうしんざん)
宗派 日蓮宗
本尊 久遠実成の本師釈迦牟尼仏
創建 延享元年(1744年)
開山 日寛上人(元廣院日寛)
開基 淡路屋善右衛門

「柳寺」の名で親しまれ、度重なる移転と戦災を越えて現在地に再興された古刹

良政寺は、延享元年(1744年)、日蓮宗の僧・日寛上人が、商人であった淡路屋善右衛門の喜捨(寄進)を受けて創建した寺院です。創建当初、この地には「興福庵」と称する庵がありましたが、寺院建立にあたり、善右衛門の養父母の法名にちなみ「妙信山良政寺」と改められました。境内に柳の木が植えられていたことから、地元では親しみを込めて「柳寺(やなぎでら)」とも呼ばれてきました。

江戸時代以来、良政寺は幾度かの盛衰を経験しています。明治12年(1879年)には火災によって本堂と庫裡を焼失し、明治15年(1882年)に再建されましたが、財政的困難もあり建物は次第に老朽化していきました。大正13年(1924年)には、第23世住職・上木龍諦(静明院日然上人)が大荒行七百日を成満したのち、寺を大阪市東区から港区築港地区へ移転し、本堂や庫裡などの伽藍を新築しました。この時代には「築港の良政寺」として知られていましたが、昭和20年(1945年)の大阪大空襲により、これらの伽藍はすべて焼失してしまいます。

戦後、第24世住職・上木龍明(静境院日幸上人)は大荒行五百日を成満し、昭和25年(1950年)に檀信徒の協力を得て、良政寺を現在の大阪市西淀川区大和田の地に移転再建しました。新たに本堂と庫裡が建立され、翌昭和26年(1951年)には日蓮宗開宗750年を記念し、身延山久遠寺法主・深見日円上人を導師に迎えた開堂式(落成法要)が厳修されています。

さらに昭和56年(1981年)には、日蓮大聖人700遠忌法要が営まれ、池上本門寺貫首・金子日威上人の親修を賜りました。現在も良政寺は、大荒行を成満した修行僧による祈祷道場として機能し、世界平和や所願成就を祈る法要が続けられるなど、日蓮宗の法灯が脈々と守り継がれています。

  • 山門(正門)

    良政寺の山門は、切妻造風の小ぶりな門で、山号と寺号を記した額が掲げられています。石柱門形式で両袖に塀が続き、門柱上部には瓦屋根を載せた簡素な造りです。門前には日蓮宗寺院であることを示す旗や看板が立ち、荒行成満の祈祷所である旨が案内されています。平常時は門扉が閉ざされ、内部への立ち入りはできません。

  • 柳の木(通称「柳寺」由来)

    境内には、創建当初からの伝承をもつ柳の木が現在も植えられています。地元で良政寺が「柳寺」と呼ばれてきた由来となる木で、平成30年の台風21号では枝が折れる被害も受けましたが、現在も境内の象徴として大切に守られています。

  • 本堂

    現在の本堂は昭和25年(1950年)に再建された木造瓦葺きの堂宇です。内部には本尊・久遠実成釈迦牟尼仏が安置され、昭和26年の落成時には開堂供養が厳修されました。以後、法要や祈祷はこの本堂を中心に営まれています。

  • 庫裡(寺務所)

    本堂に隣接して庫裡が配置され、住職・僧侶の居住空間および寺務を行う施設として用いられています。現在の庫裡は戦後の昭和期に再建されたもので、一般には非公開となっています。

  • 境内の佇まいと周辺環境

    寺域は広くはありませんが、本堂と庫裡を中心に伽藍が簡素にまとまっています。一般参拝は行われていないものの、門前から境内の一部をうかがうことは可能です。周辺は静かな住宅街で、近隣には大和田城跡碑(大和田小学校付近)も残り、地域の歴史的環境の中に良政寺は佇んでいます。

良政寺のあゆみ

  • 1744年
    (延享元年)

    良政寺の創建

    元廣院日寛上人が、淡路屋善右衛門の支援を受け、興福庵跡に良政寺を創建しました。寺号は善右衛門の養父母の法名に由来し、山号を「妙信山」と称します。

  • 1879年
    (明治12年)

    火災による伽藍焼失

    火災により本堂および庫裡が焼失し、寺院は大きな被害を受けました。

  • 1882年
    (明治15年)

    本堂・庫裡の再建

    本堂と庫裡が再建されましたが、財政難の影響により、建物は次第に老朽化していきました。

  • 1924年
    (大正13年)

    築港への移転と新築

    第23世・日然上人(上木龍諦)が荒行七百日を成満し、大阪市東区から港区築港へ寺基を移転。本堂・庫裡などを新築し、「築港の良政寺」として知られるようになりました。

  • 1945年
    (昭和20年)

    大阪大空襲による焼失

    大阪大空襲により、築港にあった伽藍がすべて焼失しました。

  • 1950年
    (昭和25年)

    現在地への移転再興

    第24世・日幸上人(上木龍明)が荒行五百日を成満し、檀信徒の協力のもと、西淀川区大和田の現在地へ寺院を移転再興。本堂と庫裡が新築されました。

  • 1951年
    (昭和26年)

    本堂開堂供養

    日蓮宗開宗750年を記念し、身延山久遠寺法主・深見日円上人を導師に迎えて、本堂の開堂供養が厳修されました。

  • 1981年
    (昭和56年)

    日蓮大聖人700遠忌法要

    日蓮大聖人700遠忌の報恩法要が奉修され、池上本門寺貫首・金子日威上人が御親修を勤めました。

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