| 寺院名 | 竹林寺(ちくりんじ) |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府大阪市西区本田1丁目9-3 |
| 宗派 | 浄土宗 |
| 本尊 | 阿弥陀如来 |
| 創建 | 慶安2年(1649年) |
| 開基 | 香西晢雲(こうさい しょううん) |
| 文化財・史跡 | 竜宮造りの鐘楼門/ 朝鮮通信使 金漢重・崔天宗供養碑 |
竹林寺(ちくりんじ)は、大阪市西区本田に所在する浄土宗の寺院です。 江戸時代初期の慶安2年(1649年)、幕府役人であった香西晢雲(こうさい しょううん)によって 創建されたと伝えられています。 寺号は、阿弥陀如来の小像が現れたとされる瑞祥の竹林に由来するといわれ、 以来この地で信仰を集めてきました。 江戸時代には、朝鮮通信使が江戸へ向かう途中に逗留した寺院としても知られ、 境内には通信使随行員の墓碑が今も残されています。 現在は納骨堂として運営されており、 一般参拝は行われていませんが、 国際交流史と地域史の両面から重要な歴史を伝える寺院です。
竹林寺を象徴する建造物が、朱塗りの竜宮造り鐘楼門です。 二層構造で装飾性が高く、まるで竜宮城を思わせる独特の意匠を持っています。 江戸時代の寺院建築としては珍しく、 竹林寺の歴史的個性を象徴する存在です。
本堂には浄土宗の本尊である阿弥陀如来が安置されています。 現在の堂宇は戦後に整備されたもので、 内部は非公開となっています。 納骨堂として利用されているため、 一般の拝観はできません。
境内奥には、1764年(明和元年)に来日した 第11回朝鮮通信使の随行員・金漢重(キム・ハンジュン)と 崔天宗(チェ・チョンジョン)の供養碑が建てられています。 大阪滞在中に病没した金漢重を弔うために建立されたもので、 日朝交流史を今に伝える貴重な史跡です。
1649年
(慶安2年)
幕府役人・香西晢雲により、阿弥陀如来像の瑞祥があったとされる竹林の地に竹林寺が創建される。 寺号はこの竹林に由来すると伝えられ、以後この地の信仰拠点として歩み始めた。
18世紀前半
九条島の新田開発が進む中で寺院周辺も整備され、 竹林寺は地域住民の信仰を支える寺院として定着していく。
1748年
(延享5年)
第10回朝鮮通信使が来日し、大阪滞在中には 竹林寺が通信使一行の宿所や饗応の場として利用された。 寺院は国際交流の舞台として重要な役割を担った。
1764年
(明和元年)
第11回朝鮮通信使の随行員・金漢重が大阪滞在中に病没し、 竹林寺境内に墓碑が建立される。 崔天宗とともに祀られ、日朝交流の記憶を今に伝えている。
江戸時代後期
朝鮮通信使の来日が途絶えた後、 竹林寺は再び地域に根差した寺院としての役割に専念し、 門信徒の信仰を支え続けた。
戦後
(昭和後期)
境内に由緒碑が建立され、 「竹林寺と九条島」「朝鮮通信使と九条島」など、 寺院の歴史と国際交流の記憶が整理・顕彰された。
現代
竹林寺は納骨堂として運営され、 一般参拝は行われていない。 現在も地域史・日朝交流史を伝える静かな史跡として存在している。