| 所在地 | 大阪府大阪市北区天満1丁目1-9 |
|---|---|
| 宗派 | 真宗大谷派(浄土真宗東本願寺派) |
| 山号 | 川勝山 |
| 本尊 | 阿弥陀如来 |
| 創建 | 1498年(明応7年) |
| 電話 | 06-6351-3973 |
| 文化財 |
祐泉寺真宗関係史料(一括19点) ※大阪市指定有形文化財 |
祐泉寺(ゆうせんじ)は、大阪市北区天満に位置する真宗大谷派(浄土真宗東本願寺系)の寺院で、本尊に阿弥陀如来を祀ります。室町時代後期、石山本願寺の蓮如上人による布教が大坂で盛んになった時期に創建され、開基は聖徳太子の支援者として知られる秦河勝の末裔で、蓮如に深く帰依した人物と伝えられています。
寺伝によれば、明応7年(1498年)に現在の大阪市中央区玉造で創建され、江戸時代初期の寛永12年(1635年)に現在の天満の地へ移転しました。天保8年(1837年)の大塩平八郎の乱では戦火により堂宇が焼失しましたが、幕末までに再建され、以後の歴史をつないできました。
再建された本堂は、第二次世界大戦時の大阪大空襲でも奇跡的に被災を免れ、戦前の姿をそのまま留めています。大阪の浄土真宗史において、祐泉寺は石山本願寺から続く教団の流れを伝える寺院として重要な位置を占めています。
現在、祐泉寺は一般参拝には対応していない非公開寺院ですが、地域の門徒を中心に法要や年中行事が営まれています。都心の喧騒の中にあって、静かに歴史をたたずませながら浄土真宗の信仰を継承する寺院です。
祐泉寺の本堂は、天保年間の焼失後に再建された木造瓦葺きの伝統伽藍で、江戸時代後期の建築様式を今に伝える貴重な堂宇です。明治以降も大規模な改築がされず、当時の趣をそのままに残しています。
境内には木造の山門(表門)や鐘楼も現存し、かつての門前町・天満の面影を伝えています。周囲をビルに囲まれた現在では外観から寺院と気づきにくいほど控えめな佇まいですが、境内には江戸期の寺観が静かに息づいています。
祐泉寺は大川(旧淀川)沿いに位置し、対岸には造幣局の「桜の通り抜け」で知られる桜の名所が広がります。春には境内の草花や周辺の桜景が調和し、歴史ある寺院らしい風情が際立ちます。
建造物に文化財指定はありませんが、祐泉寺に伝わる江戸時代以来の真宗関係史料(過去帳・由緒書などとみられる文書類)が歴史的価値を認められ、令和7年(2025年)に大阪市指定有形文化財(19点一括)に認定されました。
境内は一般公開されていませんが、庭園には季節の草花が咲き、往時の天満の門前町の雰囲気を今に伝えています。都会の中で静かに歴史を紡ぎ続ける寺院です。
1498年
(明応7年)
蓮如上人に帰依した秦河勝の後裔が玉造の地に祐泉寺を創建。室町後期の大坂真宗布教の広がりの中で誕生した。
1635年
(寛永12年)
大坂城下町整備に伴い、寺地を玉造から現在地である天満へ移転。以後、この地が祐泉寺の恒久的な境内地となる。
1837年
(天保8年)
大坂を襲った戦火により堂宇が焼失。天満一帯も甚大な被害を受けた。
1838年頃
(天保9年)
焼失後、江戸時代末期までに本堂など主要伽藍の再建が進められ、現在に残る伝統伽藍の基礎が整う。
1945年
(昭和20年)
第二次世界大戦の大阪大空襲においても祐泉寺は奇跡的に戦災を免れ、本堂をはじめとする寺院建築が現存する。
2025年
(令和7年)
祐泉寺に伝わる江戸期以来の真宗関係史料(19点)が大阪市指定有形文化財に認定。寺院の歴史的価値が再評価される。