| 寺院名 | 月照山 玉圓寺(げっしょうざん ぎょくえんじ) |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府大阪市北区豊崎2丁目3-23 |
| 宗派 | 浄土宗 |
| 山号 | 月照山(げっしょうざん) |
| 本尊 | 阿弥陀如来 |
| 創建 | 享保18年(1733年) |
| 開基 | 源光寺境内に尼寺として建立(創立者名は未詳) |
玉圓寺(ぎょくえんじ)は、大阪市北区豊崎に位置する浄土宗の寺院で、享保18年(1733年)に創建されました。山号は月照山(げっしょうざん)と称し、もともとは同地に古くからある源光寺の境内に建立された尼寺として始まったと伝えられています。尼僧の修行と生活の場として設けられた寺院であり、源光寺の庇護のもとで念仏道場の一つとして機能していたと推測されます。
現在の玉圓寺は一般参拝を受け付けておらず、非公開寺院として檀信徒の供養や内部の法要を中心に運営されています。本尊には阿弥陀如来を安置し、浄土宗寺院としての伝統的な信仰形態を継承しています。静かな住宅地の中に佇む小規模寺院ながら、地域の歴史と共に歩んできた存在であり、豊崎の寺町文化を今に伝える一寺として、静謐な雰囲気を保ちながら念仏の法灯を守り続けています。
玉圓寺の本堂は文久元年(1861年)再建の木造瓦葺建築で、寄棟造の大屋根をもつ重厚な仏堂です。幕末当時の意匠をよく伝え、梅田近くの都心に現存する希少な近世寺院建築として高い歴史的価値を有します。戦災や都市開発を奇跡的に免れた堂宇は、周囲のビル群の中でひときわ存在感を放ち、地域の歴史を静かに物語っています。
正面に構える山門は木造の切妻造で、質素ながら風格があり、本堂再建時に整えられたものと考えられます。山門をくぐると石畳の参道越しに本堂が姿を現し、近代的な街並みに囲まれながらも境内だけは昔ながらの宗教空間が広がります(関係者以外立ち入り不可)。
境内には庫裡(寺務所・住職方)や井戸、梵鐘(鐘楼)が備わり、寺院としての伝統的な機能を現在も維持しています。石灯籠には「施主 女六百人」と刻まれ、尼寺として創建された玉圓寺の由緒を象徴する遺構となっています。
境内を囲む塀には近代のレンガ造補修が見られ、古建築と近代的素材が同居する独特の景観を形成しています。時代の移り変わりが建築の細部から読み取れる点も玉圓寺の魅力です。
玉圓寺には指定文化財はありませんが、同じ境内地を共有する源光寺には文化財が多く、本尊の阿弥陀如来立像(秘仏「天筆如来」)は大阪府指定有形文化財、絹本著色阿弥陀来迎図も府指定文化財として知られています。
1733年
(享保18年)
浄土宗・源光寺の末寺として尼寺「玉圓庵」が創建される。当時の豊崎周辺は「浜」と呼ばれる火葬場・墓地が広がる地帯で、大坂七墓(梅田・葭原など)の一角を成していた。
1830年
(文政13年)
源光寺境内で大火が発生し伽藍が全焼。玉圓庵の堂宇もこの火災で失われたと考えられる。
1861年
(文久元年)
源光寺・玉圓庵が再建され、現在残る玉圓寺本堂が建立される。寺号は「玉圓庵」から「玉圓寺」へ改称され、正式な寺院として整えられた。
1945年
(昭和20年)
戦災で多くの寺院が被害を受ける中、豊崎周辺は奇跡的に延焼を免れ、玉圓寺の幕末再建伽藍も焼失せずに現存した。
現代
現在も創建地に現存し、源光寺と同じ境内に位置する。一般参拝は不可で、檀家・関係者の法要や納骨を中心に静かに運営されている。