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源光寺げんこうじ

行基・良忍・法然の三高僧が関わり、1200年の歴史を紡いできた豊崎の古刹

寺院名 源光寺(げんこうじ)
所在地 大阪府大阪市北区豊崎2丁目3-23
電話番号 06-6375-0070
宗派 浄土宗
本尊 阿弥陀如来(秘仏、大阪府指定有形文化財)
創建 天平19年(747年)
開山 行基菩薩(聖武天皇の勅願)
再興 承元3年(1209年)法然上人
札所 大阪新四十八願所阿弥陀巡礼 第2番札所

行基・法然ゆかりの古刹として、1200年の歴史を今に伝える浄土宗の名刹

源光寺は、大阪市北区豊崎に佇む浄土宗の古刹で、都会の中心にありながら驚くほど静謐な空気をたたえています。創建は奈良時代・天平19年(747年)。聖武天皇の勅願を受けた行基菩薩が当地に「平生寺(へいじょうじ)」として開いたのが始まりとされます。行基が難病の娘を救った功徳により、豪族・入江長者が八町四方もの土地を寄進したとの伝承も残り、壮大な寺院の基礎が築かれました。

平安末期の天治元年(1124年)には融通念仏宗の開祖・良忍上人によって中興され、念仏道場として再び繁栄。しかしその後衰退し、鎌倉時代の建永元年(1206年)に法然上人が当地を訪れた際には荒廃していたと伝えられています。法然上人は「源を尋ねてぞ知る この寺の 光あまねき法のともしび」と和歌を詠み、その三年後の承元3年(1209年)に再興を果たしました。以後、寺号は「源光寺」と改められ、浄土宗の寺院として人々の信仰を集めるようになります。

江戸時代後期の文政3年(1830年)には大火により伽藍が全焼し、寺宝や記録の多くが失われましたが、本尊・阿弥陀如来立像だけは奇跡的に火難を免れたと伝わります。その後、文久元年(1861年)に本堂をはじめ伽藍が再建され、今日見られる堂宇の多くは幕末再建の姿を伝えています。境内には江戸期の趣を残す建築が点在し、周囲のビル群とは対照的に静かな雰囲気を醸し出しています。

本尊の阿弥陀如来像は鎌倉時代後期の作とされ、大阪府指定有形文化財にも登録されています。秘仏のため通常は非公開ですが、春分・秋分の彼岸中日のみ開帳され、限られた機会に拝観することができます。そのほか、旅行姿をした珍しい御影像「御旅姿の法然上人像」など貴重な寺宝も伝わっており、法然上人ゆかりの霊場として厚い信仰を集めています。

平成23年(2011年)には法然上人八百年遠忌を機に中断していた「大阪新四十八願所阿弥陀巡礼」が復活し、源光寺は第二番札所に定められました。現在も御朱印を求める参拝者や、歴史をめぐる市内散策の訪問者が絶えず、豊崎の地における歴史文化の発信地として親しまれています。

  • 江戸の風格を残す瓦葺き山門

    源光寺の山門は瓦葺きの伝統的門で、境内正面に構えています。江戸期建立の趣深い門で、通常は閉じられているため、参拝者は脇の通用口から出入りします。近代的な建物に囲まれながらも、山門が視界に入ると静謐な寺域へと誘われます。

  • 幕末再建の本堂と大阪府指定文化財・阿弥陀如来像

    文久元年(1861年)に再建された本堂は、入母屋造・瓦葺きの落ち着いた意匠が特徴です。内部には秘仏・阿弥陀如来立像が安置され、鎌倉後期作とされる大阪府指定有形文化財です。「天筆如来」とも呼ばれ、海上の竜神を鎮めたという伝承もあります。春秋彼岸の中日にのみ開帳され、多くの参拝者で賑わいます。

  • 西国三十三所を象徴する観音堂

    本堂脇には観音堂があり、細身で優美な観音菩薩像が祀られています。かつて西国三十三所巡礼と結びついた信仰の場で、33体の小観音像が祀られていたという伝承もあります(内部非公開)。静けさの中に厚い信仰を感じさせる空間です。

  • 古色を帯びた鐘楼と除夜の鐘

    観音堂近くには朱塗りの袴腰をもつ鐘楼が建ち、古い梵鐘が吊られています。本堂再建と同時期の建立と伝わり、年月を経た木造の風合いが境内に寺院らしい風格を添えています。大晦日には除夜の鐘が撞かれ、都心に澄んだ音色が響きます。

  • 無縁仏を供養する「諸霊法界塔」

    境内の片隅には天保4年(1833年)建立の諸霊法界塔があります。身寄りのない人々を供養するために建てられた多層塔で、梵字や願文が刻まれています。今も塔前で手を合わせる人の姿が見られ、源光寺の慈悲の歴史を静かに伝えています。

源光寺のあゆみ

  • 747年
    (天平19年)

    行基菩薩による創建

    聖武天皇の勅願を受け、行基菩薩が平生寺として創建。豪族・入江長者が八町四方を寄進したとの伝承が残り、壮大な寺院としての歴史が始まる。

  • 1124年
    (天治元年)

    良忍上人による中興

    融通念仏宗の開祖・良忍上人が荒廃した寺を再興し、融通念仏の道場として位置付ける。一時は隆盛するも後に衰退。

  • 1209年
    (承元3年)

    法然上人の再興・寺号を源光寺へ改称

    法然上人が荒れ果てた旧寺を訪れ和歌を詠み、その意をもって寺号を「源光寺」へ改称。浄土宗寺院として再興され、念仏道場としての歩みが始まる。

  • 1830年
    (文政3年)

    大火により堂宇全焼

    火災で本堂・山門・観音堂などの諸堂と寺宝・記録類が焼失。しかし本尊・阿弥陀如来像のみは奇跡的に難を逃れたと伝えられる。

  • 1861年
    (文久元年)

    現存する伽藍を再建

    焼失から約30年後、幕末に本堂・山門など主要堂宇が再建され、現在の源光寺の景観が整う。江戸期の風情を伝える貴重な寺院建築が成立した。

  • 2011年
    (平成23年)

    大阪新四十八願所阿弥陀巡礼の復活

    法然上人八百年遠忌を記念し巡礼が復興。源光寺は第二番札所となり、御朱印の参拝者や巡礼者が増加。都心の中で新たな信仰の拠点として注目される。

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