| 所在地 | 大阪府大阪市西区北堀江3-11-30 |
|---|---|
| 山号 | 浄珠山(じょうじゅざん) |
| 宗派 | 浄土真宗本願寺派(西本願寺) |
| 本尊 | 阿弥陀如来立像 |
| 創建 | 慶長5年(1600年)〔開基:釈正賢〕 |
| 再建 | 昭和36年(1961年) |
| TEL | 06-6531-8385 |
浄徳寺は慶長5年(1600年)、備後国出身の僧・釈正賢によって大坂備後町(現在の大阪市北御堂付近)に創建されました。寛永8年(1631年)には本願寺より寺号「浄徳寺」を公称することを許され、寺院としての基盤を確立します。江戸時代中期の延宝8年(1680年)には、徳川幕府による大坂市中の町割改編にともない、寺地を葭屋町(現在の大阪市西区南堀江付近)へ移転しました。また宝暦8年(1758年)には、当時の住職・暁雲が薩摩の門徒に宛てて念仏信仰に関する書状を残しており、薩摩における隠れ念仏との関わりを示す史料として注目されています。近代に入ると、昭和20年(1945年)3月の大阪大空襲で本堂が全焼しましたが、戦後に現在地へ移転して再建されました。幾度もの移転と災禍を乗り越えながら法灯は受け継がれ、現在も地域の門徒に支えられて法要や行事が営まれています。
昭和36年(1961年)に再建された鉄筋コンクリート造の本堂で、近代的な構造ながら瓦屋根や木梁など伝統的意匠も取り入れられています。内部は金箔や漆による荘厳が整えられ、法要の際には厳かな雰囲気に包まれます。
石柱門形式の山門は、簡素ながら落ち着いた風格を備えています。門上の扁額には「浄徳寺」と刻まれ、静かに寺の歴史を伝えています。
門前から本堂へと真っ直ぐに延びる石畳の参道は、丁寧に清掃・手入れされ、日常の中で地域の人々にも親しまれています。
独立した鐘楼を設けず、本堂の軒下に吊るされた珍しい構造の梵鐘です。江戸時代鋳造の鐘が、法要や除夜の鐘として今も撞かれています。
境内には戦後再建を記念する石碑や門徒寄進の記念碑が建ち、復興の歩みを今に伝えています。本堂脇の小庭園では四季折々の草花が境内を彩ります。
1600年
(慶長5年)
関ヶ原の戦いの年、備後国出身の僧・釈正賢により、大坂備後町(現・大阪市北御堂付近)に浄徳寺が創建される。
1631年
(寛永8年)
本願寺より寺号「浄徳寺」の公称を許され、正式な寺院として認可される。
1680年
(延宝8年)
大坂市中の町割改編にともない、寺地を葭屋町(現・大阪市西区南堀江付近)へ移転する。
1758年
(宝暦8年)
住職・暁雲が薩摩の門徒に宛てた念仏信仰の書状を記し、後年その史料的価値が注目される。
1945年
(昭和20年)
3月13日の大阪大空襲により本堂が全焼。終戦後、現在地である大阪市西区北堀江への移転と再建が進められる。
1951年
(昭和26年)
新たな寺地において仮本堂が建立され、寺院活動が再開される。
1961年
(昭和36年)
鉄筋コンクリート造による本堂(阿弥陀堂)が再建され、現在の伽藍の基礎が整う。
2000年
(平成12年)
創建400年を記念し、慶讃法要が厳修され、長い歴史が改めて顕彰される。