| 所在地 | 大阪府大阪市住吉区上住吉1-9-29 |
|---|---|
| 電話 | 06-6671-6760 |
| 宗派 | 浄土宗 |
| 山号 | 十輪山 |
| 本尊 | 阿弥陀如来 |
| 創建 | 永禄元年(1558年) |
| 文化財 | 石造地蔵菩薩立像(油かけ地蔵尊・鎌倉時代の作と伝わる) |
大阪市住吉区上住吉に位置する浄光寺は、浄土宗に属する寺院で、山号を十輪山、院号を九品院と称しています。本尊として阿弥陀如来を安置しており、永禄元年(1558年)に岌誉上人(きゅうよしょうにん)によって開創されたと伝えられています。知恩院の末寺として約470年にわたり地域の檀信徒に支えられてきた歴史ある古刹です。
浄光寺が特に広く知られているのは、境内に安置されている「油かけ地蔵尊」の存在です。文久2年(1862年)に住吉一帯で疫病が流行した際、「吾が身に油を注げ、吾れよく堪え忍び、一切衆生の今世後世の苦報を救うべし」とのお告げを受けた老女が地蔵菩薩に油を注ぎ祈願したところ、息子の病が平癒したという伝承が残されています。以降、無病息災を願って地蔵尊に油をかける風習が地域に根付いています。
この石造地蔵菩薩立像は鎌倉時代の作とも伝わる古仏で、長年にわたる油かけの風習により表面は黒光りしています。現在でも毎月23日・24日の縁日には信徒の集い(地蔵講)が行われ、盆の地蔵盆には多くの提灯が奉納されるなど、地域に根付いた信仰行事が受け継がれています。病気平癒のご利益を求めて寺外からも地蔵尊に手を合わせる人が絶えていません。
太平洋戦争末期の大阪大空襲(昭和20年6月1日)では本堂を含む堂宇がことごとく焼失し、貴重な寺宝や由緒書も失われていますが、石造の地蔵堂だけは焼け残ったと伝えられています。戦後、檀家の人々の尽力で本堂などが再建され、現在も油かけ地蔵尊の信仰とともに地域の古刹として静かに佇んでいます。
浄光寺の山門は住吉の住宅街の中に静かに構えられています。一般公開はされていませんが、門前から境内の落ち着いた佇まいを窺うことができます。戦後に再建された堂宇が並ぶ境内は、永禄元年の開創以来の歴史を今に伝えています。
境内に安置されている油かけ地蔵尊は、鎌倉時代の作とも伝わる石造地蔵菩薩立像です。文久2年(1862年)の疫病流行に際して油を注いで祈願したところ病が平癒したという伝承に基づき、無病息災を願って地蔵に油をかける風習が今も続けられています。長年の油かけにより表面は黒光りしています。
浄光寺の本堂は戦後に檀家の尽力により再建された御堂で、本尊の阿弥陀如来像が安置されています。昭和20年の大阪大空襲で旧本堂が焼失した後、檀信徒の協力のもとに新たに建立されており、浄土宗の伝統に従った法要が営まれています。
1558年
(永禄元年)
戦国時代の永禄元年、浄土宗の僧・岌誉上人によって浄光寺が開かれています。本尊として阿弥陀如来を安置し、知恩院の末寺として住吉の地に新たな念仏道場が築かれています。寺号「浄光」は浄土の光明を意味し、阿弥陀如来の救済を象徴する名となっています。
江戸時代前期
江戸時代に入ると浄光寺は浄土宗の末寺として正式に寺格を整え、上住吉周辺の檀那寺として門徒の信仰を集めています。報恩講や年忌法要など浄土宗の伝統行事が継承され、地域住民の精神的な拠り所として機能しています。
1704年
(宝永元年)
大和川の流路が現在の位置に付け替えられ、大阪南部の地形と水利が大きく変化しています。上住吉周辺の地域環境も変わる中、浄光寺は変わらず門徒の信仰を支える寺院として機能し続けています。
1862年
(文久2年)
文久2年、住吉一帯で疫病が流行した際、地蔵菩薩から「吾が身に油を注げ」とのお告げを受けた老女が油を注いで祈願したところ、息子の病が平癒したと伝えられています。これを契機に油かけ地蔵尊への信仰が広まり、無病息災を願って地蔵に油をかける風習が地域に根付いています。
1868年
(明治元年)
明治維新後の社会変革の中、浄光寺は浄土宗寺院として存続しています。廃仏毀釈の影響を受けつつも檀信徒の支持に支えられて寺院運営を維持し、油かけ地蔵尊への信仰も途絶えることなく続けられています。
1945年
(昭和20年)
太平洋戦争末期の昭和20年6月1日、大阪大空襲により浄光寺の本堂を含む堂宇がことごとく焼失し、貴重な寺宝や由緒書も失われています。しかし石造の地蔵堂だけは焼け残り、油かけ地蔵尊は戦火を乗り越えて現存しています。
昭和中期
戦後、檀家の人々の尽力により本堂をはじめとする堂宇が再建されています。焼失した寺宝や由緒書は取り戻すことができませんでしたが、油かけ地蔵尊の信仰を核として寺院が復興し、地域の信仰の場としての役割を取り戻しています。
昭和〜平成時代
毎月23日・24日の縁日に信徒の集い(地蔵講)が行われ、盆の地蔵盆には多くの提灯が奉納されるなど、地域に根付いた信仰行事が継続されています。油かけ地蔵尊の病気平癒のご利益を求めて参拝者が訪れ、地域の信仰の中心として機能し続けています。
現在
(令和時代)
現在も浄光寺は上住吉の地に静かに佇み、永禄元年の開創以来約470年の歴史を守り続けています。一般公開はされていませんが、油かけ地蔵尊への信仰は途絶えることなく受け継がれており、病気平癒を願う人々が寺外からも手を合わせる姿が見られています。地域の貴重な信仰遺産として注目されています。