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永照寺えいしょうじ

戦後の中津に誕生し、地域と歩み続ける浄土真宗本願寺派の都市寺院

所在地 大阪府大阪市北区中津3丁目6-15
電話 06-6371-3846
宗派 浄土真宗本願寺派(西本願寺)
山号 相愛山(そうあいざん)
本尊 阿弥陀如来(南無阿弥陀仏)
創建年 昭和23年(1948年)
開基 -(第二次大戦中の信徒集会所を戦後に寺院化)
備考 一般参拝不可(門信徒対象の法要・行事のみ)/学校法人永照寺学園「中津相愛幼稚園」を併設

戦後に誕生し、地域とともに歩んできた浄土真宗の都市寺院

永照寺(えいしょうじ)は、大阪市北区中津にある浄土真宗本願寺派(西本願寺)の寺院です。もとは第二次世界大戦中に地域門徒の集会所として建てられ、戦後の昭和23年(1948年)に正式な寺院へと発展しました。山号の「相愛山」は“たがいに相愛する”という浄土真宗の精神を象徴し、阿弥陀如来の慈悲のもと、すべての人が平等に救われるという教えを表しています。

創建以来、永照寺は門信徒の信仰拠点として法要や毎月の法座が営まれ、一般向けの拝観こそ受け付けていないものの、地域の人々にとって心のよりどころであり続けています。宗派は浄土真宗本願寺派に属し、大阪教区大阪北組に所属。京都の本山・西本願寺や、大阪の津村別院(北御堂)とも連携しながら、門徒教化や念仏の教えの伝承に努めています。

法要では、阿弥陀如来への念仏を中心とし、住職の法話や詩歌隊の合唱などが行われます。寺院名「永照寺」に込められた“永遠に照らす寺”という願いのとおり、戦後の混乱期に創建された背景を踏まえ、社会の復興や人々の救済への思いが寺の活動にも色濃く反映されています。現在も門徒が集い、先祖を偲びつつ、仏法に学びながら生き方を深める場として大切にされています。

また永照寺は教育活動にも取り組み、昭和27年(1952年)には境内に「中津相愛幼稚園」を開設しました(現在は学校法人永照寺学園が運営)。園名に用いられる「相愛」は山号にちなみ、思いやりの心を育む仏教精神に基づく幼児教育を象徴しています。花まつりや成道会などの仏教行事も行われ、幼児や保護者が自然と仏法に触れられる環境が整えられています。

永照寺は一般参拝こそ受け入れていませんが、地域行事への協力や清掃活動などを通して地域社会とつながりを保ち、静かに“開かれた寺”としての役割を果たしています。中津の町とともに歩みながら、戦後から現代まで、人々の生活に寄り添う浄土真宗寺院としてその歴史を紡ぎ続けています。

  • 都市空間に適応した近代的伽藍構成

    永照寺は中津の市街地に位置し、周囲をビルや住宅に囲まれた限られた敷地の中に建つ都市型寺院です。伝統的な広い境内はありませんが、コンクリート造の門柱や門扉、寺号標を備え、現代の都市環境に適応した造りとなっています。

  • ビル型構造に寺院意匠を融合した外観

    永照寺の伽藍は鉄筋コンクリート造のビル形式で、耐久性と利便性を重視した現代的構造です。一方で外観正面には瓦屋根風の意匠が施され、ビルながら寺院としての雰囲気を残すデザインとなっています。都市寺院に特色のある建築様式です。

  • ビル内に設けられた畳敷きの阿弥陀堂(本堂)

    本堂(阿弥陀堂)はビル内部にありながら畳敷きで、伝統的な内陣構成のもと阿弥陀如来像と荘厳具を安置しています。木材を随所に用いることで温かみが演出され、法要時には念仏や恩徳讃が響き、コンクリート造とは思えない厳かな雰囲気が満ちる空間です。

  • エントランス式の山門と機能的な境内

    伝統的な山門ではなく、ビルのエントランスに近い構造を山門として採用。小さな切妻屋根風の装飾を用いることで寺院らしさを表現しています。門を入ると短い石畳が伸び、境内は幼稚園の園庭や駐車場を兼ね、平日は園児の声が明るく響きます。

  • 丁寧に保たれる清潔な境内環境

    朝夕には門徒が清掃や打ち水を行い、植木の手入れも行われているため、周囲がビル街であるにもかかわらず境内は静かで整えられた空間となっています。戦後創建のため文化財指定はないものの、経典や法衣など寺宝が伝統を支えていると考えられます。

永照寺のあゆみ

  • 1941年
    (昭和16年)

    信徒集会所として開設

    太平洋戦争下、中津地域の浄土真宗門徒のための仮説集会所を設置。後の永照寺の前身となり、戦時中は光徳寺とともに布教拠点として機能した。

  • 1945年
    (昭和20年)

    戦災を免れ終戦を迎える

    大阪大空襲により周辺は被害を受けたが、中津の集会所は戦災を免れたとされる。戦後も地域門徒が寄り合う場として利用され続けた。

  • 1948年
    (昭和23年)

    永照寺の開基・寺院として正式創立

    「永照寺」として正式認可され、浄土真宗本願寺派の寺院として開基。初代住職が着任し、戦時中からの信徒組織を基盤に寺院としての歩みを本格化させた。

  • 1952年
    (昭和27年)

    中津相愛幼稚園を開園

    境内に付属幼稚園「中津相愛幼稚園」が開園。仏教精神に基づく幼児教育が始まり、本堂での仏教行事や園行事を通じて寺と幼稚園の連携が深まった。

  • 1960〜70年代

    都市開発に伴う堂宇の近代化

    高度経済成長期の再開発で中津地区にビル建設が進行。敷地の制約から本堂・庫裏を増改築し、鉄筋コンクリート造のビル形式へ移行。現在の堂宇の基本構造が整えられた時期とされる。

  • 1986年
    (昭和61年)

    学校法人永照寺学園の設立

    中津相愛幼稚園の運営母体である永照寺学園が学校法人格を取得。仏教保育の理念を明確化し、幼児教育の充実が図られる。

  • 1995年
    (平成7年)

    阪神淡路大震災と地域支援

    大阪北区でも震度4を観測。永照寺の建物被害は軽微だったが、門徒宅での被災者支援に協力し、地域とのつながりを深めた。

  • 2000年代

    社会貢献活動と寺院の新たな取り組み

    少子高齢化の中、寺報の発行や公開講座(仏教文化講演会)を開催。清掃活動や防犯パトロールへの参加など、地域貢献に力を入れ、寺院としての役割を広げていく。

  • 2011年
    (平成23年)

    東日本大震災の追悼と支援

    永照寺で追悼法要を厳修し、大阪教区と協力して被災地支援募金を実施。都市部の寺院として遠隔地支援に取り組んだ。

  • 2020年
    (令和2年)

    コロナ禍での寺院活動の変化

    新型コロナウイルス感染拡大を受け、法要・行事を縮小しつつオンライン法話会の試行や幼稚園の感染対策を実施。電話や通信による連絡網で門徒との絆を維持した。

  • 2023年
    (令和5年)

    創立75周年を迎える

    永照寺は創立75周年を迎え、報恩講など主要法要を通常開催に戻す。記念法要と祝賀会が行われ、門徒や幼稚園関係者が寺の歩みを振り返る催しが開かれた。現在も一般非公開ながら、地域に開かれた活動を続け、次代へ仏法と伝統を伝えている。

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