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正善院しょうぜんいん

能勢家ゆかりの妙見信仰を受け継ぐ、天満に佇む日蓮宗の古刹

所在地 大阪府大阪市北区天神橋3丁目11-3
宗派 日蓮宗(大本山誕生寺 直末寺として創建)
山号 松雲山(しょううんざん)
本尊 日蓮聖人 大曼荼羅
創建 慶長13年(1608年)/創建地:大阪市中央区梅ヶ辻(谷町九丁目付近)
移転 明治30年(1897年)、能勢家当主・能勢頼萬により現在地へ移転
信仰 能勢妙見大菩薩を勧請。「夫婦池の妙見さん」として庶民から親しまれる

能勢家ゆかりの妙見信仰を今に伝える、天満の歴史寺院・正善院

正善院(しょうぜんいん)は、慶長13年(1608年)に大本山誕生寺の直末寺として創建された日蓮宗寺院で、当初より日蓮聖人像が奉安された大阪における布教拠点の一つでした。江戸時代には寺院集約政策の流れの中で天満周辺へ移転したとみられ、その後、明治30年(1897年)に旧能勢藩主家の邸宅跡「天満能勢邸」へ再興されました。この移転に際し、能勢家が信仰した能勢妙見山より妙見大菩薩を勧請し、正善院は妙見信仰の寺院として新たな役割を担うことになります。かつて境内周辺には「夫婦池」と呼ばれる二つの池があり、妙見堂が建てられていたことから「夫婦池の妙見さん」として庶民に親しまれ、大阪町人文化の中でも身近な信仰の場として栄えました。

現在地は天満能勢邸跡で、江戸後期には夫婦池が存在していた地域です。天保9年(1838年)の大塩平八郎の乱後に行われた治水工事により池は埋め立てられ、能勢家の屋敷が整備される中で妙見堂が祀られました。明治時代の地誌『大阪名所独案内』(1882年)にも「夫婦池妙見祠」として紹介されるなど大堂宇として知られ、その系譜が正善院の現代につながっています。

宗派は日蓮宗で、本尊は日蓮聖人直筆と伝わる曼荼羅御本尊です。一方で、正善院を特徴づけるのが妙見信仰の存在です。妙見菩薩は北極星・北斗七星を神格化した星の守護神で、古来より航海安全、方位除け、開運を祈る人々から篤い信仰を集めてきました。能勢妙見山の分霊を祀る正善院では、今も北辰妙見大菩薩を御本尊の一柱としてお祀りし、星回りや人生航路の守護を祈る祈祷(星祭り)などが行われています。「未来を見通す力」を象徴する妙見菩薩のご利益は、現代でも多くの信徒に寄り添い続けています。

  • 本堂と妙見大菩薩の扁額

    正善院の本堂は都会的なコンクリート造で、阪神高速の高架下という都市空間にありながら、正面扉には 北極星を象徴する星形の意匠が施され、妙見信仰の名残を今に伝えています。 入口上部の黒地金文字の扁額「妙見大菩薩」は、元治元年(1864年)に海援隊士・山本洪輔(洪堂)が奉納した 由緒ある額で、幕末維新期の信仰と歴史を象徴する文化財的存在です。 境内は最小限の伽藍ながら、周囲のビルの中で独特の存在感を放ち、大阪らしい“都市寺院”の風景を見せています。

  • 夫婦池妙見堂と江戸時代の賑わい

    江戸時代、大坂天満にあった夫婦池妙見堂は庶民の篤い信仰を集め、妙見の縁日「午の日」には参詣客で 大いに賑わいました。境内には露店が並び、桜の季節には花見の名所として活況を呈しました。 浮世絵『浪華百景 北妙見堤』(歌川国員画)にも当時の情景が描かれ、天満堀川沿いに桜並木が連なる 美しい妙見堤の光景が伝えられています。 天満堀川は昭和47年(1972年)に埋め立てられ、現在は道路となりましたが、周辺には「夫婦橋」跡や 妙見ゆかりの地名が残り、大阪市教育委員会による「天満堀川妙見堤跡(扇町1丁目)」の顕彰碑も設置され、 往時の繁栄を偲ぶ手がかりとなっています。

  • 幕末の志士たちと妙見信仰

    正善院に祀られる妙見大菩薩は幕末にも多くの人々の心の拠り所となりました。 坂本龍馬や勝海舟も妙見信仰を篤くした人物として知られ、特に勝海舟の父・勝小吉は江戸の能勢邸内妙見宮に 日参して息子の出世を祈った逸話が残ります。 大坂天満の妙見堂にも勝海舟はたびたび参詣したと伝えられ、慶応元年(1865年)には長崎海軍伝習所に向かう直前、 海舟・坂本龍馬・能勢家当主・能勢釜次郎(金之助)らが当地の妙見堂で航海の安全と国家安泰を祈願したとされています。 鍋島藩記録や勝海舟の日記にも、1864〜1865年に一行が大阪を経由した記録が残っており、 この地が維新期の志士たちの祈りの場であったことが確認できます。 彼らが見上げたであろう「妙見大菩薩」の扁額は、時代を超えてロマンを感じさせる正善院の象徴的存在です。

正善院のあゆみ

  • 1608年
    (慶長13年)

    誕生寺直末寺として創建

    現在の大阪市中央区谷町九丁目付近に、日蓮宗大本山・誕生寺の直末寺として建立。 大阪における日蓮宗布教の拠点のひとつとして歩みを始めた。

  • 1865年
    (慶応元年)

    勝海舟・坂本龍馬らが妙見堂に参拝

    長崎海軍伝習所へ向かう途上、幕臣・勝海舟、志士・坂本龍馬、能勢金之助らが当院妙見堂に立ち寄り、 航海安全と国家安泰を祈願したとされる。維新期の志士たちの足跡が残る地として知られる。

  • 1897年
    (明治30年)

    能勢家天満屋敷跡へ移転・再興

    能勢頼萬の働きかけにより現在の天神橋へ移転。能勢妙見山より妙見大菩薩を迎え、 「夫婦池の妙見さん」として庶民の信仰を集める寺院となる。

  • 1972年
    (昭和47年)

    天満堀川埋立工事完了

    妙見堤・夫婦橋など妙見堂ゆかりの景観が姿を消し、跡地一帯が再整備される(現在の扇町公園周辺)。 都市化の中でも正善院は歴史を静かに継承し続けている。

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