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本照寺ほんしょうじ

蓮如上人の高弟・慶澄が開いた、国分寺の地に法灯をつなぐ真宗大谷派の古寺

所在地 大阪府大阪市北区国分寺1丁目6-1
宗派 浄土真宗(真宗大谷派〈東本願寺〉)
山号 永正山
本尊 阿弥陀如来(木仏阿弥陀像)
創建 永正13年(1516年)
開基 慶澄(蓮如上人の弟子)
寺宝 親鸞聖人有髪御影、蓮如上人筆六字名号(いずれも非公開)
電話 06-6351-6844

蓮如上人門弟・慶澄が開いた、国分寺の地で法灯を守り続ける真宗大谷派の古刹

本照寺(ほんしょうじ)は、戦国時代の文明年間(1469〜1487年)に、石山本願寺の法統を継ぐ蓮如上人の高弟・慶澄(けいちょう)によって開かれた浄土真宗寺院です。慶澄は越中・氷見の出身で、蓮如より六字名号や親鸞聖人の有髪御影(肖像画)を授かり、それらを奉持して大坂へ下向したと伝わります。永正13年(1516年)には摂津国西成郡国分寺村(現在の大阪市北区国分寺)に道場を建立し、「長柄道場 本照寺」と称したのが当寺の起源です。

創建当初の本尊は阿弥陀如来の画像であり、本願寺の教えに基づく道場として地域に根付きました。江戸時代には真宗大谷派(東本願寺系)の末寺として存続し、慶長7年(1602年)の東西本願寺分立以降も東本願寺派に属する寺として活動を続けてきました。文久元年(1861年)には本山より木彫の阿弥陀如来立像が下付され、本照寺の新たな本尊として迎えられています。

明治以降も本照寺の法灯は途絶えることなく受け継がれましたが、太平洋戦争末期の大阪大空襲では大きな被害を受け、昭和20年(1945年)6月15日の空襲で堂宇は全焼しました。幸いなことに、蓮如上人筆の六字名号軸、親鸞聖人の御影、過去帳などの寺宝は僧侶や門徒の尽力により持ち出され、戦火を免れて現在も伝わっています。戦後、焼失した伽藍は再建され、今日まで地域の念仏道場として存続しています。

本照寺が位置する「国分寺」という地名は、奈良時代に創建された摂津国分寺に由来し、周辺は古くから寺院文化の濃い地域です。かつての本願寺門徒勢力が活動した土地でもあり、本照寺も蓮如上人の布教の流れの中でこの地に根付いた寺院といえます。現在は一般公開されていませんが、住宅街の中に静かに佇み、地域の檀家を中心に法要が営まれる真宗大谷派の歴史ある寺院です。

  • 戦後に再建された近代的な本堂兼庫裏

    本照寺の現在の本堂は、戦災後に再建された鉄筋コンクリート造の近代建築で、従来の伽藍を持たず、本堂と庫裏の機能が一体化しています。敷地が狭いため、建物が道路に面して直接建つ都市型寺院の構成となっています。

  • 山門を持たないシンプルな玄関構え

    伝統的な山門は存在せず、建物正面に玄関口が設けられています。切妻瓦葺きの小さな屋根と木製門柱が据えられ、寺号の表札が掲げられることで、外観の中にささやかな寺院らしさを感じさせています。

  • 住宅地に溶け込む外観デザイン

    本照寺の外観はコンクリート壁面を主体とし、一般住宅に近いシンプルな造りで、周囲の街並みに自然と溶け込んでいます。境内を囲う塀もなく、歩道からすぐに玄関へ至る構造のため、訪れる人が寺院と気づきにくいのも特徴です。

  • 由緒を伝える門前掲示板

    建物外壁には由緒沿革を記した掲示板が設置されており、門前を通る人々に寺院の歴史を伝えています。非公開寺院でありながら地域に対して静かに歴史を示す姿勢がうかがえます。

  • 非公開の本堂に守られる寺宝

    内部は一般非公開ですが、本堂には阿弥陀如来像、親鸞聖人御影、蓮如上人筆の名号軸など歴史的に重要な寺宝が大切に保管されています。建築そのものに文化財指定はありませんが、寺伝の宝物が寺院の歴史を物語っています。

  • 都市の中で支えられる小規模寺院

    本照寺は戦後再建から年月を重ね、地域門徒の支援によって維持されてきました。都市住宅街の中で静かに佇みつつ、念仏の法灯を守る現代の小規模寺院の一例となっています。

本照寺のあゆみ

  • 文明年間
    (1469–1487年)

    開基・慶澄の来阪と布教開始

    慶澄が越中氷見より大坂へ来訪。蓮如上人の弟子として六字名号と親鸞聖人有髪御影を携え、当地で布教を開始する。

  • 1516年
    (永正13年)

    長柄道場「本照寺」の創建

    慶澄が摂津国西成郡国分寺村・春霞の地に道場を建立。「長柄道場 本照寺」と称し、阿弥陀如来の絵像を本尊として開創した。

  • 1602年
    (慶長7年)

    東本願寺(真宗大谷派)への帰属

    本願寺の東西分立に伴い、本照寺は東本願寺(真宗大谷派)の傘下寺院となる。以降、同派の寺院として存続する。

  • 1861年
    (文久元年)

    木彫阿弥陀如来像の下付

    本山より木彫の阿弥陀如来立像が本照寺に下付され、新たな本尊として安置される。従来の阿弥陀画像に代わる正式本尊となる。

  • 1945年
    (昭和20年)

    大阪大空襲による堂宇焼失

    6月15日の大阪大空襲により本堂以下伽藍が全焼。蓮如筆名号、親鸞聖人御影、過去帳などの寺宝は門徒らの努力により焼失を免れる。

  • 昭和21年〜戦後

    仮堂設置と伽藍再建

    焼失後、境内に仮堂を設け復興を開始。その後本堂が再建され、戦前からの門徒の信仰が継承され続ける。都市住宅地に佇みながら現在まで寺観を保つ。

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