関西の寺院3,000の歴史を取材
寺院275件の情報を掲載(2026年2月17日現在)

ホーム > 大阪府 > 應因寺

應因寺おういんじ

ビル街に佇み、念仏の灯を守り続ける浄土真宗大谷派の都市寺院

所在地 大阪府大阪市西区立売堀3-7-2
宗派 浄土真宗大谷派(東本願寺)
本尊 阿弥陀如来
創建 江戸時代(詳細不明・江戸初期頃と伝わる)
TEL 06-6531-3693

都会のビル街にひっそり佇む浄土真宗の寺院

應因寺は大阪メトロ阿波座駅からほど近く、商業ビルやマンションが立ち並ぶ一角に静かに佇んでいます。近隣にはサムハラ神社もあり、参拝の行き帰りにその姿を目にする人も多い街中の寺院です。周囲を現代的な建物に囲まれながらも、伝統的な本堂や山門を備えた佇まいは、どこか心を和ませる風景となっており、「ビルの谷間にある綺麗なお寺」として地域の人々にも親しまれています。観光寺院ではないため通常は一般参拝不可ですが、門前から伽藍の外観を見学することは可能で、都市の中に息づく浄土真宗寺院の姿を感じることができます。地域では習字教室などの活動も行われており、現代的な都心の中で地域に根差した寺院としての役割を果たしています。

  • 本堂

    瓦屋根を載せた伝統的な本堂は、周囲をビルに囲まれながらも丁寧に手入れされ、白壁と瓦のコントラストが美しい佇まいを見せています。都会の中に残る浄土真宗寺院らしい落ち着いた景観です。

  • 山門(正門)

    木造の山門は、街中にありながらも寺院の結界として静かな存在感を放っています。門前には石畳が敷かれ、門越しに本堂の一部を垣間見ることができます。

  • 境内のたたずまい

    境内は広くありませんが、清潔に保たれ、喧騒から一歩離れた静かな空気が流れています。ビル街の中にある小規模寺院ならではの落ち着きが感じられます。

  • 梵鐘

    鐘楼堂は設けられていませんが、梵鐘が確認できる場合もあり、外から見上げることで寺院としての佇まいを感じることができます。

  • 拝観について

    應因寺は通常一般参拝不可で、御本尊阿弥陀如来像や堂内の荘厳は非公開です。外観のみの見学となり、御朱印の頒布なども行われていません。

應因寺のあゆみ

  • 16世紀末〜17世紀初頭
    (安土桃山〜江戸初期)

    應因寺の前身寺院が成立

    石山本願寺の遺跡を経て浄土真宗が大坂に広まった時代、教如上人による大坂御坊(後の南御堂)建立などを背景に、應因寺の前身となる真宗寺院が創建されたと伝えられる。正確な年次や開基は不詳。

  • 江戸時代中期

    大坂の大火と再建

    大坂市中で度重なる大火が発生し、立売堀周辺の寺院も被害を受ける。應因寺も堂宇を焼失したと考えられ、その都度再建を重ねながら寺院活動を続けた。

  • 1837年
    (天保8年)

    大塩平八郎の乱と市中大火

    大塩平八郎の乱に伴う大火により、大坂市中の寺町が甚大な被害を受け、應因寺も影響を受けたとされる。

  • 1868年
    (明治維新)

    神仏分離・廃仏毀釈を乗り越える

    明治維新後の宗教制度改革の中でも、應因寺は真宗大谷派寺院として存続し、地域門徒の信仰の拠り所であり続けた。

  • 1945年
    (昭和20年)

    大阪大空襲による被災

    太平洋戦争末期の大阪大空襲により、本堂などの伽藍を焼失。終戦時には境内は荒廃した状態となったと伝えられる。

  • 1955〜1975年頃
    (昭和30〜40年代)

    戦後復興と本堂再建

    戦後復興期に檀信徒や真宗大谷派教団の支援を受けて再建が進み、昭和50年前後までに現在の本堂が整えられた。

  • 平成以降

    都市の中の念仏道場として

    高層ビルが立ち並ぶ西区にあって、地域の門信徒の集会所・念仏道場としての役割を担い続けている。一般公開は行っていないが、教室や地域活動を通じて周辺住民にも開かれた寺院となっている。

← 一覧に戻る