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慈雲寺じうんじ

親鸞聖人真筆の文化財を伝える、无量山の浄土真宗大谷派寺院

寺院名 慈雲寺(じうんじ)
所在地 大阪府大阪市西淀川区姫島1丁目24-26
山号 无量山(むりょうざん)
宗派 浄土真宗大谷派(東本願寺)
本尊 阿弥陀如来(木造)
創建 天正8年(1580年頃・安土桃山時代)
開基 祐徳上人(重藤重左衛門)
文化財 大阪市指定有形文化財
親鸞聖人真筆「三願文」
絹本著色「釈迦十六善神画像」

安土桃山期に創建され、天満別院として大阪の真宗信仰を支えた非公開古刹

慈雲寺は、安土桃山時代の天正年間(16世紀後半)、藤原氏の流れをくむ武士・重藤重左衛門が出家して祐徳と号し、一宇を開いたことに始まる浄土真宗大谷派(東本願寺)の寺院です。開創当初は浄土真宗の道場として小規模なものでしたが、のちに本山・東本願寺より阿弥陀如来の木仏本尊を賜り、寺号を「慈雲寺」と称するようになりました。

江戸時代には、慈雲寺は大阪における東本願寺の拠点寺院の一つである「天満別院」としての役割を担い、開基の重藤家に代わって江村姓の者が代々住職を務めたと伝えられています。以後、明治期まで約400年にわたり法灯が受け継がれ、地域の浄土真宗信仰の中心として機能してきました。

明治7年(1874年)には、慈雲寺と近隣の遍満寺がそれぞれ小学校の仮校舎となり、現在の大阪市立姫島小学校の前身として地域教育にも貢献しました。昭和戦後期に入ると堂宇の老朽化が進み、1970年代後半(昭和50年代)に本堂の建て替えが行われています。この再建工事の際、本尊直下の地中から「安永9年(1780年)8月3日 釋尼榮喜」と刻まれた素焼きの骨壺が発掘され、寺史を物語る重要な発見となりました。

慈雲寺には、親鸞聖人が自ら筆写したと伝わる『大経三願文(三願文)』の断簡(現在は京都国立博物館に預託)や、鎌倉から南北朝時代に制作されたとみられる絹本著色『釈迦十六善神図』(奈良国立博物館に預託)といった貴重な寺宝が伝来しています。これらはいずれも大阪市指定有形文化財に指定されており、慈雲寺の歴史的・文化的価値を象徴するものです。なお、現在の慈雲寺は一般公開を行っておらず、門外から外観を見学するのみとなっています。

  • 山門(寺院正門)

    正面に構える山門は切妻造瓦葺で、唐破風を備えた伝統的な意匠を見せます。扁額には寺号「慈雲寺」が掲げられ、外観からでも寺格と歴史を感じさせる入口となっています。現在は一般参拝不可のため、門外から拝観する形になります。

  • 本堂

    山門背後に建つ本堂は、旧堂の老朽化に伴う再建として昭和52年(1977年)頃に竣工した鉄筋コンクリート造の近代的な建物です。白壁を基調としつつ、軒下や屋根周りに和風意匠を取り入れ、山門など既存伽藍との調和が図られています。本尊の阿弥陀如来像は東本願寺から拝受した木仏とされ、平時の堂内拝観はできません。

  • 鐘楼(鐘つき堂)

    山門を入って右手には鐘楼堂が建ち、白い柱と瓦葺屋根の下に大きな梵鐘が吊るされています。本堂と同様に近代的な構造でありながら、寺院建築らしい意匠が施され、新旧の調和を感じさせます。

  • 庫裏・寺務所・会館棟

    境内には住職の居宅である庫裏のほか、近年整備された寺務所・会館棟が隣接しています。敷地は都市寺院らしくコンパクトにまとまり、寺務と法要を支える機能が集約されています。

  • 境内の見学について

    慈雲寺は一般参拝不可のため、見学は門の外から堂宇外観を拝観する形となります。山門越しに本堂や鐘楼の配置が分かり、非公開寺院として静かに護られている雰囲気を感じ取ることができます。

慈雲寺のあゆみ

  • 1580年頃
    (天正8年頃)

    浄土真宗道場として開創

    藤原氏の流れをくむ武士・重藤重左衛門が出家して祐徳と号し、当地に浄土真宗の道場を開いたことが慈雲寺の始まりとされています。

  • 江戸時代
    (17~19世紀)

    天満別院として発展

    慈雲寺は東本願寺の天満別院として位置づけられ、江村姓の住職が代々その法灯を継承しました。大阪における真宗大谷派の重要な拠点寺院として機能しました。

  • 1874年
    (明治7年)

    仮校舎として地域教育に貢献

    境内が西成郡第5区第3番小学校(後の大阪市立姫島小学校)の仮校舎として利用され、近代教育の黎明期に地域社会を支えました。

  • 1977年
    (昭和52年)

    本堂の再建と遺物の発見

    老朽化した旧本堂を撤去し、鉄筋コンクリート造の現本堂が竣工しました。再建工事中には、江戸中期の坊守・榮喜尼のものとみられる骨壺が出土しています。

  • 2011年
    (平成23年)

    大阪市指定有形文化財に指定

    親鸞聖人筆と伝わる「紙本墨書三願文」と、鎌倉~南北朝期の作とされる「絹本著色釈迦十六善神画像」の2点が、大阪市指定有形文化財に指定されました。

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