所在地 | 大阪府豊中市上新田2丁目4-14 |
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宗派 | 浄土宗(総本山:知恩院) |
山号 | 常光山(じょうこうざん) |
本尊 | 阿弥陀如来(浄土宗のご本尊) |
創建 | 江戸時代初期(慶長~寛永年間頃)創建 |
別称 | (旧)知恩院徳林院 ― 知恩院門前の塔頭寺院 |
大阪府豊中市上新田にある徳林院は、浄土宗に属する寺院です。 もともとは京都・東山区にある浄土宗総本山「知恩院」の門前町にあった塔頭(たっちゅう)寺院で、 江戸時代初期の慶長年間(1596~1615年)頃に一誉法意上人によって創建されたと伝えられています。 当初は知恩院黒門付近に位置しており、本尊として阿弥陀如来を安置していました。
元禄15年(1702年)には第五世住職・浄顕によって再興が行われ、この時に初めて「徳林院」という寺号が称されたといいます。 法然上人による念仏の教えを広める浄土宗の一寺として、徳林院も知恩院を本山と仰ぎ、その教えを今に伝えてきました。 京都にあった頃は、知恩院門前町の寺院群の一つとして地域社会に深く溶け込み、周辺寺院とともに都市寺院文化を支えていたと考えられます。
また、江戸後期には各地で念仏布教を行った徳本上人(徳本行者)が徳林院で修行した記録も残されており、 当寺が浄土宗教学の研鑽や布教活動の拠点の一つであったことがうかがえます。 大正時代に京都から現在の豊中市上新田へと移転して以降は、一般公開こそされていないものの、 静かに地域に根ざし、京都ゆかりの法灯を今も受け継ぐ寺院として人々に敬われています。
慶長年間(1596~1615年)頃
浄土宗の僧・一誉法意によって、京都・知恩院の門前に創建される。 山号を「常光山」と称し、阿弥陀如来を本尊とする浄土宗寺院として始まる。
寛永年間(1624~1645年)
開山とされる清徹上人が布教活動に尽力し、寺運が興隆。 知恩院門前に堂宇を構え、門前町の信仰拠点となる。
元禄15年(1702年)
第5世住職・浄顕上人の代に寺が再興され、このとき初めて正式に「徳林院」の寺号を称す。 以後、知恩院末寺として門前町で法灯を守り続ける。
18世紀後半
浄土宗の著名な僧・徳本上人(徳本行者)らが当院で修行。 知恩院の学林の一翼を担い、多くの僧侶を輩出するなど、教学・布教の拠点として発展する。
明治時代(19世紀末)
知恩院周辺で防火・都市整備のため小寺院の整理が進められ、 徳林院は既成院に合併され一時的に廃寺扱いとなる。 門前からその姿を消したと記録されている。
大正3年(1914年)
大阪府豊中市上新田村の有志により、徳林院が現在地へ移転・再興される。 上新田地域にとって貴重な菩提寺の誘致となり、地域信仰の拠点として再出発を果たす。
昭和~平成期
地域の人々の信仰の場として存続し、葬儀・法要・供養などの宗教行事を担う。 一般公開はされていないが、豊中市の文化的景観の一部として静かに存在し続けている。
令和時代(現在)
京都に起源を持つ浄土宗寺院として、創建からおよそ400年以上の歴史を刻む。 現在も豊中の地で静かに法灯を守り、地域の歴史と信仰を今に伝えている。