| 所在地 | 大阪府大阪市北区同心1-1-5 |
|---|---|
| 宗派 | 浄土宗 |
| 山号 | 一心山 |
| 院号 | 早圓院 |
| 本尊 | 阿弥陀如来(平安時代作と伝わる) |
| 創建 | 天正11年(1583年)、天誉滴翠上人が大坂松江町に創建 |
| 再興 | 文禄3年(1594年)、北条氏規が寂蓮社頂誉上人を招いて再興 |
| 移転 | 元和2年(1616年)、現在地(天満東寺町)へ移転 |
| 開山 | 寂蓮社頂誉上人(天誉滴翠上人) |
| 開基 | 北条氏規(後北条氏一門の大名) |
専念寺(せんねんじ)は大阪市北区同心にある浄土宗寺院で、安土桃山期に創建され、江戸初期に現在地へ移転しました。徳川将軍家の位牌所として大阪城代の崇敬を受け、平安時代作の阿弥陀如来坐像を伝える歴史的寺院です。現在は山門を閉じ、通常非公開となっています。
承応2年(1653年)に二代将軍秀忠の霊屋が建立されたのち、歴代将軍の位牌を安置する寺院として重んじられました。度重なる大火で伽藍を焼失しながらも再建が行われ、江戸後期再建の薬医門は大阪大空襲でも焼失を免れた貴重な遺構です。本堂は昭和・平成期に再建され、古仏を護持しつつ、大阪新四十八願所阿弥陀巡礼の札所として信仰を集め続けています。
専念寺に伝わる最古の寺宝。穏やかな衣文と端正な面貌が特徴で、平安後期仏師の様式をよく残す貴重な阿弥陀像。
江戸時代、大阪城代により徳川家の位牌所として保護された歴史をもつ。将軍家との関係を示す資料が伝えられる。
現地では山門が閉じられ一般参拝は不可。江戸期の寺院配置をよく留める建築として価値が高い。
創建当初の所在地。天正期の大坂城下の宗教的構造を知る上で重要。
1583年
(天正11年)
専念寺の最初の念仏道場が開かれ、寺院としての歩みが始まる。
1594年
(文禄3年)
源頼朝の重臣・北条義時が1216年に伊豆国で創建した寺を法脈のルーツとする伝承が残る。
1616年
(元和2年)
大阪城落城後の都市整備により、天満地域の寺町の一角を形成する。
1653年
(承応2年)
以後、大坂城代が定期的に代参する格式高い寺院として位置づけられる。
1724年
(享保9年)
火災後、檀信徒の尽力により堂宇が再建される。
1792年
(寛政4年)
伽藍の再建が進められ、寺院の姿を取り戻していく。
1837年
(天保8年)
幕末までに主要堂宇が再建される。
1945年
(昭和20年)
江戸期再建の山門(薬医門)のみが焼失を免れ、現在まで残されている。
1975年
(昭和50年)
楼上に「三心の鐘」を新設し、境内の再整備が進む。
1993年
(平成5年)
老朽化した堂宇の建て替えとして現代的構造を備えた本堂が完成する。
2018年
(平成30年)
阿弥陀如来坐像を含む平安~鎌倉期の古仏三体が「大阪の歴史再発見」事業で公開される。
2024年
(令和6年)
11世紀作の定朝様式を示す名品で、地域の貴重な文化遺産として保存継承が進められている。