| 所在地 | 大阪府大阪市北区与力町1-2 |
|---|---|
| TEL | 06-6351-4960 |
| 山号 | 菅原山(すがわらさん) |
| 宗派 | 真言宗御室派(総本山:仁和寺) |
| 創建 | 伝・弘仁年間(810〜824)〔開山:弘法大師空海〕 |
| 中興 | 伝・寛文10年(1670) |
| 札所 | 摂津国八十八箇所 第10番札所 |
| 文化財 |
木造弥勒菩薩立像(大阪市指定有形文化財) 木造十一面観音菩薩立像(大阪市指定有形文化財) 木造仏龕(大阪市指定有形文化財) 木造地蔵菩薩立像(大阪市指定有形文化財) 古田織部書状(大阪市指定有形文化財) |
寶珠院(ほうじゅいん/正式名:菅原山天満宮寺宝珠院)は、大阪・天満の寺町に佇む真言宗御室派の古刹で、寺伝によれば弘法大師空海による開基と伝えられています。貞観年間(859〜877)には第四世・恵澄が学者神・菅原道真と親交を結び、道真が太宰府へ左遷される折、自作の木像を授けられたという伝承も残ります。さらに応永3年(1396)には後小松天皇より「菅原山天満宮寺」の勅号を賜り、中世以降は大阪天満宮の神宮寺として、天神信仰と密教が共存する独自の宗教文化を育んできました。
近代では第二次世界大戦の大阪大空襲により多くの堂宇を失いましたが、昭和42年(1967年)に伽藍が再建され、現在の姿へと整えられています。文化財として鎌倉期の仏像群を伝える貴重な寺院である一方、**本堂・庫裏は非公開**となっており、観光目的での参拝は原則できません(外観のみ見学、必要に応じ事前連絡を求める案内あり)。天神信仰と密教の歴史を今に伝える寺院として、宗教史的にも高い価値を有しています。
天満寺町の通りに面して端正に建つ山門は、1967年の伽藍再建時に整えられた近代的な意匠です。 寺号標には「天満宮寺」の名が刻まれ、かつての神仏習合時代の名残を今に伝えます。 非公開寺院のため門扉は閉ざされていますが、門前からは整然とした構えを見ることができます。
本尊は大日如来で、空海作と伝わる旧本尊は戦災で焼失したとされます。 現在の本堂には鎌倉後期の木造弥勒菩薩立像が安置され、優美な衣文や繊細な彫眼が高く評価されています(大阪市指定有形文化財)。 堂内は非公開のため拝観はできませんが、文化財として学術的にも重要な仏像が護持されています。
鎌倉後期の木造十一面観音菩薩立像を伝える観音堂(または本堂脇安置)。 堂々とした体躯、華やかな宝髻、力強い存在感を備えた中世彫刻の秀作で、弥勒像と並ぶ文化財です(大阪市指定有形文化財)。 非公開のため実物は一般には公開されていません。
像高64.5cmの木造地蔵菩薩立像を本尊とする地蔵堂を備えます。 平安末期(12世紀後半)の作とみられ、端正な定朝様の穏やかな表情が特徴です(大阪市指定有形文化財)。 堂内は非公開ですが、文化財として大変貴重な仏像が残されています。
胎蔵界大日如来・不動明王・愛染明王などを安置する木造仏龕は、宝永8年(1711年)に名仏師・湛海によって制作されたものです。 裏書から湛海作と判明しており、市内で確認される唯一の湛海仏として特に重視されます(大阪市指定有形文化財)。 こちらも堂内非公開のため実見は叶いませんが、学術的価値の高い遺品です。
寳珠院は摂津国八十八箇所の第10番札所であり、境内には天満宮小社や護摩壇、さらに油掛大黒・水掛不動といった 民間信仰を伝える小祠も伝承されています(いずれも非公開)。 巡礼案内では参拝に事前連絡が必要とされており、非公開寺院として静かに信仰の歴史を継承しています。
810〜824年
(弘仁年間・伝)
寺伝によれば空海が開創したとされ、のちに大阪天満宮の神宮寺として天神信仰と密教が結び付く基点となった。
859〜877年
(貞観年間)
道真が太宰府下向の途次に当院へ立ち寄り、自作木像を贈ったと伝えられる。天神信仰と寺院との関係を象徴する重要な伝承。
1396年
(応永3年)
朝廷より勅号を賜り、寺格が確立。中世における天神信仰の重要寺院として位置付けられた。
17世紀前期〜中期
(江戸初期)
大坂の陣後の復興期に現在地で伽藍が整えられ、天満寺町の中核寺院の一つとして発展した。
1711年
(宝永8年)
胎蔵界大日如来・不動明王・愛染明王を安置する仏龕が制作され、今日では大阪市指定有形文化財として重視されている。
1945年
(昭和20年)
戦災により多くの伽藍を失い、旧本尊の大日如来像も焼失。戦後再建が必要となる大きな被害を受けた。
1967年
(昭和42年)
本堂・庫裏をはじめとする伽藍が再建され、現在の宝珠院の寺観が整えられた。戦後復興期における重要な節目となる。
2001年
(平成13年)
木造弥勒菩薩立像・木造十一面観音菩薩立像・木造仏龕が市の文化財に指定。鎌倉期彫刻を中心とする寺宝の価値が再評価された。
2011年
(平成23年)
平安末期の作と考えられる地蔵菩薩像が新たに指定され、寺院の文化財体系がより充実したものとなった。
2012年
(平成24年)
茶道文化を代表する古田織部の書状が指定され、仏像以外の歴史文化資料も含めた寶珠院の多面的価値が確立した。