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定久寺じょうきゅうじ

玉造の地に開創され戦禍を乗り越えた真宗大谷派の古刹

所在地 大阪府大阪市住吉区長居2丁目8-26
電話 06-6691-3155
宗派 真宗大谷派
山号 大井山(おおいざん)
本尊 阿弥陀如来
創建 文禄3年(1594年)

文禄3年(1594年)に了念が開基し、大阪大空襲で全焼後に再建された真宗大谷派の寺院です。

定久寺は、大阪市住吉区長居に位置する真宗大谷派(東本願寺)の寺院です。山号は「大井山」、本尊に阿弥陀如来を安置しています。文禄3年(1594年)に了念を開基として、摂津国東成郡玉造の地に創建されました。安土桃山時代の大坂城下が発展する中で、浄土真宗の教えを聴く聞法道場として歩みを始めています。

江戸時代を通じて玉造周辺の門徒の信仰を支え、檀那寺として法要・葬送を担いながら地域に根付いてきました。報恩講や年忌法要など浄土真宗の伝統行事が盛んに営まれ、篤い信仰を集めています。

しかし太平洋戦争末期の昭和20年(1945年)、大阪大空襲によって本堂をはじめとする伽藍が全焼する壊滅的な被害を受けました。戦後、檀信徒の尽力により寺院の再建が進められ、現在の住吉区長居の地に移転して新たな歩みを始めています。

現在は一般の拝観は受け付けていませんが、文禄3年の創建から430年以上の歴史を持つ古刹として、地域の門徒の信仰と生活を支える場であり続けています。

  • 大井山の山号

    「大井山」という山号は、創建の地である玉造周辺の歴史的な地名に由来すると考えられています。文禄3年の開創以来、受け継がれてきた由緒ある名称です。

  • 了念による開基

    定久寺は文禄3年(1594年)に了念を開基として創建されました。安土桃山時代の大坂城下で浄土真宗の教えを広めた開基の志が、現在まで脈々と受け継がれています。

  • 大阪大空襲からの再建

    昭和20年の大阪大空襲で全焼した定久寺は、戦後に檀信徒の尽力により住吉区長居の地で再建されました。戦禍を乗り越えた歴史が寺院の歩みを物語っています。

  • 長居の地に根差す信仰

    玉造から長居へ移転した定久寺は、現在の住吉区長居で地域に根差した寺院として門徒の法要や行事の場となっています。静かな住宅街の中にひっそりと佇んでいます。

定久寺のあゆみ

  • 文禄3年
    (1594年)

    定久寺の創建

    了念を開基として、摂津国東成郡玉造の地に一宇を建立しました。大井山と号し、阿弥陀如来を本尊に安置して浄土真宗の聞法道場としての歩みを始めています。

  • 安土桃山時代
    (16世紀末)

    大坂城下の発展と寺院

    豊臣秀吉による大坂城築城に伴い城下町が発展する中、玉造の地で門徒の信仰を集める寺院として根付いていきました。

  • 江戸時代初期
    (17世紀)

    檀那寺としての確立

    江戸幕府の寺社制度のもと、玉造周辺の門徒の檀那寺として寺基を確立しました。法要・葬送を担う地域寺院としての役割を果たすようになっています。

  • 江戸時代中期
    (18世紀)

    門徒の信仰の深まり

    報恩講や年忌法要など浄土真宗の伝統行事が盛んに営まれ、玉造周辺の門徒から篤い信仰を集めるようになりました。

  • 江戸後期
    (19世紀前半)

    寺院の維持と継承

    幕末に向かう社会の変動の中にあっても、門徒の支えにより寺院活動を維持し、浄土真宗の教えを守り続けました。

  • 明治時代
    (19世紀後半)

    近代化の中の寺院

    明治維新後の社会変動や廃仏毀釈の影響を受けつつも、檀信徒の支えにより真宗大谷派の寺院として存続しました。

  • 大正〜昭和初期
    (20世紀前半)

    都市化と寺院の変容

    大阪市域の拡大とともに玉造一帯が都市化する中、定久寺は地域の信仰の場として変わらず門徒の心の拠り所となっていました。

  • 昭和20年
    (1945年)

    大阪大空襲による全焼

    太平洋戦争末期の大阪大空襲により、本堂をはじめとする伽藍が全焼する壊滅的な被害を受けました。創建以来の建造物が失われています。

  • 戦後
    (昭和20年代〜)

    住吉区長居への移転と再建

    檀信徒の尽力により、住吉区長居の現在地に移転して寺院を再建しました。新たな地で浄土真宗の道場として再出発しています。

  • 現在

    430年の法灯を守る寺院

    文禄3年の創建から430年以上の歴史を持つ定久寺は、玉造から長居へと移りながらも浄土真宗の聞法道場としての活動を続けています。地域の門徒の信仰と生活を支える場であり続けています。

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