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安養寺あんにょうじ

戦国期創建で江戸時代再建の歴史薫る安養寺

所在地 大阪府箕面市牧落2丁目11-10
山号 驪城山(れいじょうざん)
宗派 浄土真宗本願寺派(西本願寺)
本尊 阿弥陀如来立像(江戸時代の仏師・渡辺康雲の作と伝わる)
創建 天文3年(1534年)
開基(創建者) 看風直丈夫(かんぷう なおます?、法名・浄明)
アクセス 阪急箕面線「牧落駅」東出口から徒歩約6分

江戸期本堂と阿弥陀如来が伝える西国街道の隠れ名刹・安養寺

安養寺(あんにょうじ)は、大阪府箕面市牧落にある浄土真宗本願寺派の寺院です。戦国時代の1534年(天文3年)に本願寺第十世証如上人に帰依した門徒・看風直丈夫(法名を浄明)によって開かれたと伝わり、古くからこの地の信仰の拠点となってきました。山号は「驪城山(れいじょうざん)」と称し、「驪」とは黒い馬を意味することから、古来より馬の放牧地として知られた当地・牧落にちなむものと考えられています。創建年の天文3年は奇しくも戦国武将・織田信長の誕生年に当たり、この頃は浄土真宗の教えが各地に広まった時期でもありました。安養寺もその流れの中で建立され、江戸時代や近代に至るまで地域に根差した寺院として歩んできた歴史があります。 18世紀初頭の享保2年(1717年)に一度火災で堂宇を焼失しましたが、その後まもなく再建され現在に至っています。

再建当初の江戸時代中期の本堂建築や鐘楼(鐘つき堂)の柱などが今なお残されており、創建から約300年近い風雪を耐えてきた歴史的建造物として貴重です。本尊の阿弥陀如来立像は江戸期の名仏師・渡辺康雲の作と伝えられる仏像で、金箔や極彩色で荘厳された堂内のご本尊として安置されています。また本堂奥には聖徳太子や浄土真宗の開祖・親鸞聖人、中興の祖・蓮如上人の肖像画が掛けられており、いずれも江戸時代から伝わる寺宝として大切に守られています。寺院全体として派手さこそありませんが、創建当時から受け継がれてきた建物や仏像、絵画など歴史的文化財の数々が静かに息づいており、歴史好きや文化財に関心のある人々にとって魅力的なスポットとなっています。

  • 鐘楼(鐘つき堂)

    安養寺の山門を入ると、まず左手に瓦葺きの鐘楼(鐘つき堂)が目に入ります。現在の鐘楼は江戸中期の再建当時に建てられたもので、太い木柱など300年前の部材がそのまま使われており歴史を感じさせます。残念ながら梵鐘(つり鐘)は第二次大戦中に供出されて失われましたが、戦後になって新たに鐘が補われ、毎年大晦日にはこの鐘楼で除夜の鐘が撞かれます。門をくぐって正面に目をやると、大きな親鸞聖人の青銅像が建立されており、安養寺を訪れる人々を静かに出迎えてくれます。境内には寺の由来を書いた案内板も立てられており、安養寺がこの地における古い信仰の拠り所であったことを伝えています。

  • 本堂

    正面に建つ本堂は、寄棟造り瓦葺きの伝統的な佇まいで再建当時の姿を今に伝えています。本堂内部は普段は静かな礼拝空間ですが、荘厳な須弥壇には金色に輝く阿弥陀如来立像が安置され、周囲には精緻な仏具や装飾が施されています。この阿弥陀如来像は江戸時代の仏師・渡辺康雲による作品と伝えられ、穏やかな表情で参拝者を迎えるご本尊です。堂内には他にも聖徳太子や親鸞上人、蓮如上人の肖像画が掲げられており、いずれも江戸期から受け継がれた貴重な寺宝として保存されています。境内はこぢんまりとしながらも手入れの行き届いた雰囲気で、季節ごとの草花や木々が周囲の牧落八幡大神宮(隣接する八幡宮)などと相まって、歴史街道の面影を色濃く残す一角を形作っています。

安養寺のあゆみ

  • 1534年
    (天文3年)

    西教寺の創建

    浄土真宗本願寺派の寺院として創建。開基は看風直丈夫(法名・浄明)で、本願寺第十世・証如上人に帰依した門徒が寺を建立。以後、牧落村の念仏道場として信仰を集める。

  • 1717年
    (享保2年)

    火災による伽藍焼失

    火災により本堂をはじめ寺の伽藍を焼失。

  • 1721年
    (享保6年)

    本堂・鐘楼の再建

    江戸中期の享保年間に本堂および鐘楼など主要伽藍を再建。現在の本堂と鐘楼の原型が整えられる。

  • 1922年
    (大正11年)

    「初恋の味」とカルピス

    (寺院の直接史ではないが)安養寺ゆかりの人物・驪城卓爾(現住職の大伯父)が提案した「初恋の味」というキャッチフレーズが、同郷出身の三島海雲によって創業間もない乳酸飲料「カルピス」の宣伝文句に正式採用される。このエピソードは寺と地域の近代史をつなぐ逸話となっている。

  • 1943年頃
    (昭和18年)

    梵鐘の供出と再設置

    太平洋戦争下の金属類回収令により、寺の梵鐘を供出。戦後になって新たな鐘が鋳造され、鐘楼に再設置される。

  • 2018年
    (平成30年)

    鐘楼の修復と文化行事

    鐘楼の修復工事が行われ、落成を記念して本堂にて二胡(中国の伝統楽器)のコンサートなど文化行事を開催。現在も地域に開かれた寺として、伝統行事とともに多様な活動が行われている。

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