関西の寺院3,000の歴史を取材
寺院275件の情報を掲載(2026年2月17日現在)

ホーム > 大阪府 > 増福院

増福院ぞうふくいん

大阪市西区・九条本田に佇む、高野山真言宗の小さな都市寺院

寺院名 増福院(ぞうふくいん)
所在地 大阪府大阪市西区本田3-10-11
宗派 高野山真言宗
TEL 06-6581-8130

工場や商店街の気配が残る“まちの祈りの場”——九条・本田に残る小さな真言寺院

増福院は、大阪市西区本田3丁目にある高野山真言宗の寺院です。 所在地は公的データベースでも「大阪府大阪市西区本田3丁目10番11号」として確認されており、 九条駅から徒歩圏という、街歩きの途中にも立ち寄れる立地にあります。 一方で、この一帯は工場や商店が点在する生活の場であり、 増福院も観光寺院というよりは、地域の日常に溶け込む“都市寺院”の性格を持っています。 派手な伽藍や観光的な演出はなく、 工場街の風景の中にひっそりと佇む姿が印象的です。 なお、一般参拝は行われていないため、 見学の際は門前から外観を静かに眺めるにとどめ、 寺域へ立ち入らないよう配慮が求められます。

  • 門前に立つだけで感じられる「都市寺院」の密度

    寺社検索サイトには「増福院正門」の写真投稿があり、 門構えそのものが“寺の顔”として街の景観を形づくっていることがうかがえます。 一般参拝ができないからこそ、門前で一礼し、 表札・門・塀・屋根の線を静かに眺める―― そんな短い立ち止まり方がよく似合う寺院です。

  • 「寺が点在する街区」を歩ける立地

    増福院の周辺には、霊厳寺・南宗寺・九島院など、 徒歩数分圏内に複数の寺院が点在しています。 一寺だけを目的地とするのではなく、 「この一帯に寺が集まっている」という都市の歴史的レイヤーを感じながら、 寺町的な空気を“外から”辿る散策が観光的な楽しみ方といえるでしょう。

  • 維持・修繕の痕跡が語る「今も使われ続ける寺」

    2019年には「増福院 本堂(大阪市西区)」への瓦納入実績が記録されており、 屋根の修繕など、現在も寺院として維持・管理が続けられていることが分かります。 文化財級の大伽藍ではなくとも、 手を入れながら地域の場として守り継がれる―― 都市寺院のリアルな営みが、こうした断片から見えてきます。

  • 都市史の中で読み解く増福院の背景

    増福院の創建年や詳しい由緒は、公開情報からは特定できません。 ただし、寺が所在する大阪市西区は、 1945年3月13日から14日にかけての第一次大阪大空襲で 主な被災地域に含まれていたことが記録されています。 周辺一帯が戦災と復興の歴史を背負ってきたという都市史の文脈の中で、 増福院もまた静かに時代をくぐり抜けてきた存在と捉えるのが妥当でしょう。

  • 参拝・撮影時の注意

    増福院は一般参拝不可の寺院です。 見学は必ず門前や公道からの外観に留め、敷地内へは立ち入らないようにしましょう。 撮影の際も周囲の住環境や通行の妨げに配慮し、 人物や車両の映り込み、長時間の滞留は避けることが大切です。 法要や関係者の出入りがある可能性も念頭に置き、 静かな敬意をもって接することが求められます。

増福院のあゆみ

  • 不詳

    創建・開山は未確認

    増福院の創建年や開山に関する詳細な由緒は、 現在公開されている資料からは確認できていない。 高野山真言宗の寺院として、地域に根差した信仰の場であったと考えられる。

  • 1945年
    (昭和20年)

    大阪大空襲と地域史の背景

    1945年3月13日から14日にかけて行われた第一次大阪大空襲により、 大阪市西区一帯は主な被災地域に含まれたことが記録されている。 増福院個別の被害状況は確認できないものの、 寺が置かれてきた地域史の重要な背景として押さえておく必要がある。

  • 2019年
    (令和元年)

    本堂修繕の記録

    瓦の納入実績に「増福院 本堂(大阪市西区)」の記載が確認される。 文化財級の大伽藍ではないものの、 現在も寺院として維持・修繕が続けられていることを示す貴重な痕跡である。

← 一覧に戻る