| 寺院名 | 圓照寺(えんしょうじ) |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府大阪市西区江戸堀2丁目2-22 |
| 電話番号 | 06-6441-4249 |
| 山号 | 香雪山(こうせつざん) |
| 宗派 | 浄土真宗大谷派(東本願寺) |
| 本尊 | 阿弥陀如来 |
| 創建 | 江戸時代初期(17世紀前半頃) |
江戸時代初期に創建されたと伝えられ、かつては町人地として栄えた江戸堀の地で、地域の門徒に支えられながら法灯を守ってきました。現在は近代的な本堂を構える都市型寺院で、一般参拝は行われておらず、主に檀信徒のための法要や仏事を中心に営まれています。高層ビルが立ち並ぶ現代の街並みの中にあって、静かに歴史を伝える存在です。
圓照寺の本堂は、戦後に再建された鉄筋コンクリート造の近代的な建物です。外観は簡素で落ち着いた佇まいを見せ、オフィス街という立地に調和した都市型寺院の姿となっています。内部には本尊・阿弥陀如来が安置され、浄土真宗の教えにもとづく法要が営まれていますが、通常は関係者以外立ち入ることはできません。
通りに面して設けられた山門は、規模こそ大きくありませんが、境内と俗世を静かに隔てる役割を担っています。門より内側は非公開となっており、参拝や見学は外観のみとなりますが、門前に立つことで圓照寺がこの地で法灯を守り続けてきた歴史を感じ取ることができます。
1624年
(寛永元年)
江戸時代初期、現在の大阪市西区江戸堀の地に圓照寺が創建されたと伝えられます。町人地として発展する江戸堀で、浄土真宗大谷派の念仏道場として地域に根付いていきました。
江戸時代中期
大坂の町は度重なる大火に見舞われましたが、圓照寺もそれらの災害を乗り越え、その都度再建されながら寺歴を重ねていったと考えられています。
1868年
(明治元年)
明治維新に伴う神仏分離・廃仏毀釈の影響を受けつつも、浄土真宗寺院として存続し、檀信徒の支えによって法灯が守られました。
1945年
(昭和20年)
大阪大空襲により西区一帯が甚大な被害を受け、圓照寺の堂宇も戦災によって焼失したと伝えられています。
1950〜1970年代
戦後復興の過程で境内が整備され、鉄筋コンクリート造の現在の本堂が再建されました。都市型寺院として新たな歩みを始めます。
現代
江戸堀がオフィス街へと変貌する中、圓照寺は一般公開を行わず、門徒中心の寺院として静かに存続しています。都市の中に残る宗教文化の一端を今に伝える存在です。