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善念寺ぜんねんじ

文明年間に開かれ、江戸期の鐘楼と梵鐘を今に伝える照耀山の古刹

寺院名 照耀山 善念寺(しょうようざん ぜんねんじ)
所在地 大阪府大阪市西淀川区大和田5丁目12-24
山号 照耀山(しょうようざん)
宗派 浄土真宗本願寺派(西本願寺)
本尊 阿弥陀如来
創建 文明7年(1475年)
開山 八木高重(本願寺第8世・蓮如上人の直弟子)
文化財 寛文9年(1669年)銘の喚鐘(かんしょう)
宝永3年(1706年)建立の鐘楼
弘化4年(1847年)寄進の手洗石
主堂安置の阿弥陀如来立像(安土桃山時代頃の作と伝承)

浄土真宗の法灯と地域教育の歴史を受け継ぎ、現代では社会活動にも開かれた寺院

善念寺は、室町時代の文明7年(1475年)、本願寺第8世・蓮如上人の直弟子であった八木高重によって開かれた浄土真宗の道場を起源とする寺院です。江戸時代初期の寛永7年(1630年)5月17日には、本願寺より正式に寺号を許され、寺院としての体制が整えられました。その後、天保14年(1843年)に本堂が建立されましたが、この本堂は太平洋戦争中の戦災により焼失しています。

明治時代初期には、善念寺は地域の近代教育にも大きな役割を果たしました。明治7年(1874年)、学制発布に伴って創立された西成郡第六大区第五小区第七番小学校(後の大阪市立大和田小学校)は、創立当初、善念寺の本堂を仮校舎として開校したと伝えられています。このような経緯から、善念寺は地域の教育史においても重要な存在とされ、近年では明治期に寺子屋的役割を担った寺院として、経済産業省の「近代化産業遺産」にも認定されています。

昭和に入り、第二次世界大戦後には本堂をはじめとする堂宇が再建されました。現在の本堂には、本尊である阿弥陀如来像が安置されています。この阿弥陀如来像は安土桃山時代頃、約400年前の作と推定される古仏で、戦時中に寺外へ疎開させたことにより戦災を免れ、現在まで大切に守り伝えられています。

また、江戸時代から伝わる寺宝として、文化8年(1811年)に本願寺第十九代・本如上人から下付されたと伝えられる親鸞聖人絵伝(絵巻)や、歴代門主の教えを記した御文章(ごぶんしょう)なども所蔵されており、善念寺が長きにわたり浄土真宗の信仰と文化を受け継いできたことを物語っています。

  • 本堂(ほんどう)

    現在の本堂は戦後に再建された建物で、内部には本尊・阿弥陀如来像が安置されています。この阿弥陀如来像は室町時代末期頃の作と伝えられ、戦時中に疎開保存されたことで戦災を免れました。戦後の復興に際して再び本堂に迎えられ、現在も大切に祀られています。一般参拝はできませんが、外から屋根瓦や外壁を見ることができます。

  • 山門(さんもん)

    境内正面に立つ山門は、白壁に囲まれた小規模で質素な造りです。建立年代は不明ですが、戦前の山門は戦災で焼失したと考えられ、現在の門は戦後に整えられたものとみられます。門には寺号「善念寺」の扁額が掲げられ、門越しに境内の一部をうかがうことができます。

  • 鐘楼(しょうろう)

    本堂脇に建つ鐘楼堂は、江戸時代中期の建立とされる貴重な建造物です。昭和56年(1981年)の屋根改修時に、棟木から「宝永三年(1706年)築」の墨書が発見されました。桁行一間四方、入母屋造の小規模な鐘楼で、戦災を免れて現存しています。堂内には寛文9年(1669年)銘の喚鐘が吊るされ、寺の長い歴史を今に伝えています。

  • 太鼓楼(たいころう)跡

    かつては鐘楼と対をなす太鼓楼が建っており、時報や法要の際に太鼓が打ち鳴らされていました。江戸時代から伝わる建物でしたが、昭和25年(1950年)のジェーン台風により境内の大銀杏が倒れ、直撃を受けて倒壊しました。現在は遺構のみが往時を偲ばせています。

  • 手洗石(ちょうずいし)

    鐘楼の東側には石造りの手洗石が据えられています。弘化4年(1847年)7月の刻銘があり、尼講によって寄進されたと伝えられるものです。丸みを帯びた古風な意匠で、江戸末期の信仰の姿を今に伝えています。

善念寺のあゆみ

  • 1475年
    (文明7年)

    浄土真宗道場の成立

    蓮如上人の門弟・八木高重が当地に浄土真宗の道場を開き、善念寺の起源となります。

  • 1630年
    (寛永7年)

    寺号公称と寺院昇格

    本願寺(西本願寺)より寺号公称の許可を受け、「善念寺」として正式な寺院となりました。

  • 1669年
    (寛文9年)

    喚鐘の鋳造

    寛文9年銘の銅製喚鐘(小型の鐘)が鋳造され、現在も寺宝として伝えられています。

  • 1706年
    (宝永3年)

    鐘楼堂の建立

    鐘楼堂が建立されました。昭和期の修理で棟木から年号が発見され、江戸中期の建造であることが確認されています。

  • 1811年
    (文化8年)

    親鸞聖人御絵伝の下付

    本願寺第十九代・本如上人より、親鸞聖人の御絵伝(絵巻物)が下付されたと伝えられています。

  • 1843年
    (天保14年)

    本堂の再建

    木造入母屋造の本堂が再建され、太平洋戦争の戦災まで本尊を安置する中心伽藍として存続しました。

  • 1847年
    (弘化4年)

    手洗石の寄進

    境内の手洗石(水盤)が尼講によって寄進され、石面には同年7月の刻字が残されています。

  • 1874年
    (明治7年)

    仮校舎としての利用

    学制に基づき創立された西成郡第6大区5小区第7番小学校(後の大和田小学校)が、善念寺本堂を仮校舎として開校しました。

  • 1945年
    (昭和20年)

    大阪大空襲による戦災

    大阪大空襲により本堂を含む主要伽藍が焼失しましたが、阿弥陀如来像や御絵伝は事前に疎開され難を逃れました。

  • 1950年
    (昭和25年)

    太鼓楼の倒壊

    ジェーン台風により境内の大銀杏が倒木し、江戸期から残っていた太鼓楼が倒壊しました。

  • 1981年
    (昭和56年)

    鐘楼の年代確認

    鐘楼の屋根改修工事の際、棟木から「宝永三年築(1706年)」の墨書が発見され、江戸中期以来の建造物であることが確認されました。

  • 2007年
    (平成19年)

    近代化産業遺産への認定

    明治初期に寺院が学校として地域教育に貢献した事例として、経済産業省の「近代化産業遺産」に認定されました。

  • 2020年
    (令和2年)

    子ども食堂の開設

    地域の有志とともに、善念寺本堂にて子ども食堂「なもなも」を開設。現在は弁当配布などを通じて、寺院を社会活動の拠点として活用しています。

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