| 寺院名 | 和光寺(わこうじ) |
|---|---|
| 正式名称 | 蓮池山 智善院 和光寺 |
| 所在地 | 大阪府大阪市西区北堀江3-7-27 |
| 電話 | 06-6531-1360 |
| 宗派 | 浄土宗 |
| 本尊 | 善光寺式阿弥陀三尊(銅造阿弥陀如来三尊立像) |
| 創建 | 元禄11年(1698年) |
| 開山 | 心誉智善上人 |
| 文化財 | 木造地蔵菩薩立像(通称 あごなし地蔵尊)/ 木造釈迦涅槃像/ 和光寺仏画群4幅附(つけたり)2点 (以上すべて大阪市指定有形文化財)/ 阿弥陀池(大阪市指定史跡) |
和光寺(わこうじ)は、大阪市西区北堀江に所在する浄土宗の寺院で、 正式には蓮池山智善院和光寺と称します。 境内にかつて存在した阿弥陀池(あみだいけ)にちなみ 「あみだ池」の通称でも親しまれ、 大阪の幹線道路「あみだ池筋」の名称の由来ともなっています。 元禄11年(1698年)、堀江新地の開発に合わせて創建され、 翌元禄12年(1699年)には長野・善光寺ゆかりの 金銅阿弥陀仏(全長約45cm)を迎えて本尊に祀りました。 以後、摂津国八十八箇所霊場第三番札所として信仰を集め、 江戸時代には境内が門前町として大いに賑わった 大阪を代表する歴史ある寺院です。 現在は尼僧が住職を務めており、 一般の参拝や見学は受け付けていないため注意が必要です。
鉄筋コンクリート造で再建された現本堂は、昭和36年(1961年)に落成しました。 戦前の壮麗な本堂は大阪大空襲により焼失しましたが、 現在の本堂は信徒の協力により戦後いち早く再建されたものです。 内部には秘仏の本尊・阿弥陀三尊像が安置されています。
境内入口の山門は戦後に再建された門で、 外観は質素ながら寺域の静かな雰囲気に調和しています。 参拝者は通常立ち入ることはできませんが、 門越しに境内の様子を伺うことができます。
和光寺の象徴ともいえる池で、大阪市指定史跡に指定されています。 善光寺本尊の阿弥陀如来が難波堀江のこの池から引き上げられたという伝説に由来し、 寺号の蓮池山や通称「あみだ池筋」の名の起源ともなりました。 池の中央には八角形の宝塔「放光閣(ほうこうかく)」が建ち、 往時には蓮の名所として知られました。 また、この池は上方落語『阿弥陀池』の舞台としても知られています。
境内西側に位置する土蔵造りの地蔵堂には、 通称「あごなし地蔵尊」と呼ばれる木造地蔵菩薩立像が安置されています。 顎部分が削げ落ちた独特の風貌からその名で呼ばれ、 寺伝では遠く隠岐の海岸に漂着した木像を江戸時代に豪商・鴻池家が拾い上げて当寺に寄進し、 安政2年(1855年)に開扉法要が営まれたと伝えられます。 像高約94cm、平安時代後期(10世紀後半)の作と推定される貴重な古仏で、 大阪市指定有形文化財に指定されています。 病気平癒の御利益がある地蔵尊として信仰され、 特に「あごより上」の病苦を除く霊験があるといわれます。
1698年
(元禄11年)
柳沢氏出身の心誉智善上人により、堀江新地に蓮池山智善院和光寺が開創される。 幕府の計らいにより境内地は1,800坪と定められ、永代寺地として公認された。
1699年
(元禄12年)
信濃善光寺から全長約45センチの金銅製阿弥陀如来像を招来し、本尊として安置。 この阿弥陀如来は、善光寺本尊(一光三尊阿弥陀三尊)の分身として、 承久3年(1221年)に鋳造された霊仏と伝えられる。
1855年
(安政2年)
「あごなし地蔵尊」と称される木造地蔵菩薩立像の開扉法要を初めて執行。 同像は江戸時代後期に鴻池家から寄進された平安時代後期の仏像で、 以来、病気平癒の信仰を集めてきた。
1945年
(昭和20年)
3月14日の大阪大空襲により、本堂をはじめとする堂宇の大半が焼失。 戦後の都市復興計画により、広大だった境内は大きく縮小されることとなった。
1961年
(昭和36年)
鉄筋コンクリート造の新本堂が落成。 戦後復興の過程で1953年には庫裡が完成し、 阿弥陀池中央の放光閣も復旧され、往時の寺観が整えられた。
2003年
(平成15年)
和光寺所蔵の銅造阿弥陀三尊立像(本尊)・木造地蔵菩薩立像・木造釈迦涅槃像が 大阪市指定有形文化財に一括指定される。 さらに和光寺仏画群4幅(釈迦誕生図ほか)も順次指定を受け、 阿弥陀池は大阪市指定史跡として保護されている。