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円光寺えんこうじ

蓮如上人ゆかりの阿弥陀像と中世真宗史料を伝える、大坂由緒の浄土真宗寺院

寺院名 円光寺(えんこうじ)
所在地 大阪市天王寺区玉造本町13-5
宗派 浄土真宗本願寺派
本尊 木造阿弥陀如来立像(室町時代作・像高約1m)
創建 応仁年間(1467~1469年)
開基 蓮如上人
文化財 大阪市指定有形文化財
「圓光寺真宗関係史料」一括(18点)
(木造阿弥陀如来立像、蓮如上人画像〈自筆裏書付〉ほか)

応仁の乱期に創建され、六百年余にわたり都市とともに歩んできた非公開の古刹

円光寺は、応仁年間(1467~1469年)に本願寺第8世・蓮如上人によって、堺の舳松(へのまつ)に創建されたと伝えられる浄土真宗本願寺派の寺院です。永禄年間(1558~1570年)には大坂・天満へ移転し、その後も今橋など市中で数度の移転を重ね、寛文6年(1666年)に船場南本町(現在の大阪市中央区船場中央)に寺地を定めました。江戸時代を通じて船場唐物町に寺基を構え、近世大坂市中でも有数の真宗寺院として栄えました。

蓮如上人は円光寺をたびたび訪れ、自らの肖像画を下付したと伝えられています。この蓮如上人画像は現在も寺宝として大切に伝来し、当寺と蓮如との深い因縁を今に物語っています。また、大坂夏の陣(1615年)後の復興期には、東本願寺(真宗大谷派)の難波別院創建に尽力した僧・祐源が当寺の住職を務めるなど、大坂における真宗教団の興隆にも深く関わった寺院でした。

太平洋戦争末期の大阪大空襲(1945年)では本堂をはじめ多くの堂宇が焼失しましたが、土蔵は戦災を免れました。そのため、土蔵に移して安置されていたご本尊・木造阿弥陀如来立像は焼失を免れ、現在まで伝えられています。戦後は都市計画道路の建設に伴い寺地を手放すこととなり、昭和43年(1968年)に現在の玉造(大阪市天王寺区)へ移転しました。現在の伽藍は鉄筋コンクリート造の近代的な建物ですが、創建以来およそ600年にわたり、歴代住職によって法灯が守り継がれています。

  • 木造阿弥陀如来立像(本尊)

    円光寺の本尊である木造阿弥陀如来立像は、像高約1メートルを誇る堂々たる立像で、室町時代作と伝えられています。幅広の顔立ちと吊り上がった目尻が特徴的で、真宗寺院の本尊木像としては極めて古様かつ大型の作例として高く評価されています。この像を含む寺蔵資料は、大阪市指定有形文化財「圓光寺真宗関係史料」の中核を成しています。

  • 圓光寺真宗関係史料(大阪市指定有形文化財)

    円光寺には、中世から近世にかけての真宗関係資料が数多く伝来しています。14世紀頃制作とみられる九字名号、15世紀末頃の仏光寺派本尊「和朝高僧並聖徳太子連坐像」、蓮如上人が明応7年(1498年)に下付したと伝わる寿像など、戦国期までの真宗教団の歩みを示す一次史料が豊富に残されています。

  • 蓮如・実如ゆかりの書画資料

    蓮如上人自筆と伝わる六字名号や、蓮如の後継である実如筆とされる御文章、さらに円光寺第5世・祐心の遺言状など、歴代門主や住職に関わる書画資料が体系的に保存されています。令和3年(2021年)には未指定資料の一部が追加指定され、指定点数は計28点に及びました。

  • 円光寺ビル(現代の伽藍構成)

    現在の円光寺の伽藍は「円光寺ビル」と呼ばれる地上4階建ての鉄筋コンクリート造の建物に集約されています。一見するとオフィスビルのような外観で、伝統的な山門や塔婆はなく、入口脇の寺号看板と掲示板によって寺院であることが示されています。

  • 都市寺院としての立地と景観

    円光寺は玉造駅周辺の市街地に位置し、真田山陸軍墓地の丘陵の麓や三光神社に近い一角に静かに佇んでいます。境内施設はすべて建物内部に収められており、外部から伽藍全体を望むことはできませんが、都市の中で真宗の法灯を守り続ける現代的寺院の姿を体現しています。

円光寺のあゆみ

  • 1467年
    (応仁元年)

    円光寺の創建

    本願寺第8世・蓮如上人が、堺の舳松(へのまつ)に円光寺を創建したと伝えられています。応仁の乱が始まった激動の時代に、浄土真宗の布教拠点として成立しました。

  • 1498年
    (明応7年)

    蓮如寿像の下付

    蓮如上人より、円光寺第2世・円誓に対して肖像画(蓮如寿像)が下付されたと伝えられています。現在も寺宝として伝来する重要な資料です。

  • 1560年頃
    (永禄年間)

    大坂・天満への移転

    円光寺は堺から大坂天満へと寺基を移し、大坂市中における真宗寺院としての活動を本格化させました。

  • 1615年
    (元和元年)

    大坂夏の陣後の復興期

    大坂夏の陣後、東本願寺(真宗大谷派)の難波別院創建に尽力した僧・祐源が円光寺の住職となり、大坂における真宗教団再建に関与しました。

  • 1666年
    (寛文6年)

    船場南本町に寺地を定める

    大坂市中の船場南本町に寺地を定め、正式に寺号を公称しました。以後、船場唐物町の有力真宗寺院として栄えます。

  • 1945年
    (昭和20年)

    大阪大空襲による被災

    大阪大空襲により本堂が焼失しましたが、ご本尊の阿弥陀如来立像は土蔵に移されていたため戦災を免れました。

  • 1968年
    (昭和43年)

    玉造本町への移転

    都市計画道路の建設に伴い、寺地を現在の玉造本町(大阪市天王寺区)へ移転しました。現在の伽藍はこの移転後に整えられたものです。

  • 2002年
    (平成14年)

    大阪市指定有形文化財に指定

    木造阿弥陀如来立像を含む「圓光寺真宗関係史料」18点が、大阪市指定有形文化財に指定されました。

  • 2021年
    (令和3年)

    指定文化財の追加指定

    円光寺が所蔵する未指定資料10点が追加指定され、市指定文化財は計28点となりました。中世から近世にかけての真宗史を伝える重要な資料群として評価が高まっています。

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