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了願寺りょうがんじ

南北朝期に創建され、阿間山の名を今に伝える真宗大谷派の古刹

寺院名 阿間山 了願寺(りょうがんじ)
所在地 大阪府大阪市西淀川区中島1丁目15-8
山号 阿間山(あまやま)
宗派 浄土真宗 真宗大谷派(東本願寺)
本尊 木造阿弥陀如来立像(室町時代頃の作と伝承)
創建 延元元年(1336年)
開基 安間了願(楠木正成の家臣)
中興 教西(元禄元年〈1688年〉に現在地で再興)
文化財 木造阿弥陀如来立像(大阪市指定有形文化財)

楠木正成ゆかりの開基を持ち、本尊阿弥陀如来立像を文化財として守り伝える寺院 <

了願寺は、楠木正成の家臣であった安間了願によって、延元元年(1336年)に創建されたと伝えられています。創建当初は、現在の大阪市平野区にあたる河内国住吉郡平野郷泥堂町に位置し、真言宗の一寺院として始まりました。

慶長19年(1614年)の大坂冬の陣により諸堂が焼失し、一時は寺勢が衰退しましたが、その後、浄土真宗(真宗大谷派)へと改宗し、再興の機運が高まりました。江戸時代の貞享4年(1687年)には真宗大谷派の傘下に入り、翌元禄元年(1688年)、現在の大阪市西淀川区中島町(中島新田)へ移転・再建されています。

この移転・再建には、新田開発者である中島市兵衛の尽力が大きく関わり、当時の住職・教西は中興の祖として仰がれています。教西と中島市兵衛は血縁関係にあったと伝えられ、境内墓地には中島市兵衛を顕彰する「丁子屋中島市兵衛碑」が建立されており、了願寺が地域開発の草創期から歩みを共にしてきた古刹であることを今に伝えています。

ご本尊である木造阿弥陀如来立像は、室町時代頃の作と伝わり、600年以上にわたって戦火や震災、水害を免れて当寺に伝来してきた尊像です。その文化的価値が高く評価され、令和7年(2025年)には大阪市指定有形文化財に正式指定されました。現在も本堂内陣に安置され、了願寺の信仰の中心として大切に守られています。

  • 境内全景

    境内入口には切妻造瓦葺きの山門が構えられ、その先の石段を上った高所に本堂が建っています。境内には四季折々の植物が植えられ、緑豊かな空間が広がります。境内は自由に開放されており、地域の人々が気軽に立ち寄り、散策や参拝を楽しめる憩いの場となっています。

  • 本堂

    本堂は礼拝の中心となる堂宇で、浄土真宗の本尊である阿弥陀如来立像を安置しています。この阿弥陀如来像は大阪市指定有形文化財で、平常時も本堂内陣にて拝むことができます。室町時代以来、戦乱や災害を免れて伝えられてきた由緒ある仏像で、本堂では法要や行事のほか、隣接する庫裡・会館とともに地域の法事や集会にも利用されています。

  • 山門

    山門は切妻造瓦葺の二脚門で、門柱には「阿間山了願寺」と記された扁額が掲げられています。規模は大きくありませんが、堂宇と調和した素朴な意匠で、歴史ある寺院の風格を伝えています。江戸期以降に再建・修繕を重ねたものとみられ、往時の趣を残しつつ参拝者を迎えています。

  • 寺務所・会館

    境内には本堂のほか、寺務所および会館(集会所)が併設されています。会館は法事や地域の会合などに利用され、一般の人々にも開放されており、寺院が地域社会に開かれた存在であることを示しています。

  • 納骨堂・樹木葬と史跡

    近年、永代供養の需要増加に対応して屋内納骨堂や樹木葬の区画が新設されました。檀家でなくても利用できる点が特長で、都市部寺院として現代のニーズに応える取り組みが行われています。また、境内墓地には中島市兵衛を顕彰する碑が建ち、地域史と深く関わる寺院であることを今に伝えています。

了願寺のあゆみ

  • 1336年
    (延元元年)

    了願寺の創建

    楠木正成の家臣であった安間了願により、大阪平野郷に了願寺が創建されました。当初は真言宗の道場として始まり、動乱の南北朝時代における信仰の拠点となりました。

  • 1614年
    (慶長19年)

    大坂冬の陣による焼失

    大坂冬の陣の兵火により、平野郷にあった了願寺は堂宇を焼失し、寺運は一時中断を余儀なくされました。

  • 1688年
    (元禄元年)

    中島新田への移転と再興

    現在地である中島新田に寺地を譲り受けて移転再興されました。新田開発者・中島市兵衛の支援を受け、教西上人が中興を果たし、真宗大谷派(東本願寺)の寺院として再出発しました。

  • 2025年
    (令和7年)

    本尊阿弥陀如来立像の文化財指定

    本尊である木造阿弥陀如来立像が大阪市指定有形文化財に指定されました。室町時代以来伝来する尊像が、その歴史的・文化的価値を正式に認められ、現在も本堂にて安置・公開されています。

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