| 寺院名 | 九島院(きゅうとういん) |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府大阪市西区本田三丁目4-18 |
| 山号 | 霊亀山(れいきざん) |
| 宗派 | 黄檗宗(宇治・萬福寺末寺) |
| 本尊 | 聖観世音菩薩 |
| 創建 | 寛文3年(1663年) |
| 文化財 | 龍渓禅師墓所(大阪市指定史跡) |
九島院は、大阪市西区の住宅街にひっそりと佇む黄檗宗の寺院で、山号を「霊亀山」と称します。 その起源は江戸時代初期の寛文3年(1663年)にさかのぼり、 徳川幕府の役人・香西晳雲(こうざい てっうん)と豪商・池山新兵衛一吉らが 摂津国西成郡九条島を開発する中で、 拙道和尚を迎えて草庵「九嶋庵」を建立したことに始まります。 その後、黄檗宗の開祖・隠元禅師の高弟で、 宇治・萬福寺建立にも尽力した高僧・龍渓性潜(りゅうけい しょうせん)禅師を招き、 寛文10年(1670年)8月15日に本堂の入仏開堂法要が盛大に営まれました。 しかし、そのわずか8日後の8月23日、激しい暴風雨が大阪を襲い、 市中に甚大な被害をもたらします。 このとき龍渓禅師は泰然自若として座禅を組んだまま入寂したと伝えられ、 その高潔な姿は今も語り継がれています。 寺号「九島院」および山号「霊亀山」は、 開山法要の際に大海亀が背に花を載せて現れ、 一同を祝福したという神秘的な伝説に由来します。 境内には弘化4年(1847年)銘の「大亀通霊」と刻まれた石碑、 通称「亀の墓」も残され、 かつて大阪湾に海亀が回遊していたことを物語る貴重な史跡となっています。 龍渓禅師の墓所はその歴史的価値から昭和45年(1970年)に大阪市指定史跡に指定されました。 第二次世界大戦末期の大阪大空襲では堂宇のすべてを焼失しましたが、 戦後は檀信徒の尽力により本堂が再建され、 平成以降には境内整備や史跡保存事業が本格化しました。 平成2年(1990年)以降は息災延命観音像の新造や禅苑の整備、 龍燈会館の建築などが進められ、 令和元年(2019年)には開創350年を迎えています。 現在も九島院は地域の精神的支柱としてその歴史と伝承を伝え続けていますが、 一般参拝は行われておらず、訪問時は門越しに外観や史跡を拝する形となります。
九島院の山門は、朱色と黒色のコントラストが鮮やかな独特の意匠を持つ門です。 宇治・萬福寺を本山とする黄檗宗寺院らしく、中国風の趣きを感じさせる造りで、 住宅街の一角にありながらひときわ目を引く堂々とした風格を備えています。 山門前には大阪市による「龍渓禅師墓所」の史跡標識が建てられ、 九島院の歴史的重要性を静かに伝えています。
山門の奥に見える本堂は、戦後に再建された鉄筋コンクリート造の堂宇です。 往時の伽藍は失われましたが、 新たに彫刻された本尊・聖観世音菩薩(秘仏)が安置され、 黄檗禅の道場としての尊厳が保たれています。 普段は内部非公開ですが、 石段の先に建つ本堂の堂々たる姿と落ち着いた瓦屋根から、 歴史ある寺院らしい風格を感じ取ることができます。 境内は小規模ながら整えられ、樹木や草花に囲まれた静謐な空間が広がっています。
境内には、開山・龍渓性潜禅師の墓所が残されています。 石造の禅僧墓(宝篋印塔)とみられ、 その佇まいから江戸時代の高僧の逸話を偲ぶことができます。 墓所一帯は大阪市指定史跡に指定されており、 山門越しにも史跡案内板や墓石の一部を確認することができます。 また、弘化4年(1847年)建立の「大亀通霊碑」は、 亀の甲羅に見立てた台座を持つ独特の石碑で、 開山法要の際に現れたとされる大海亀の伝説を今に伝えています。 これらの史跡群は、九島院が地域の歴史と文化を物語る貴重な存在であることを示しています。
1633年
(寛永10年)
豪商・池山新兵衛一吉が九条島の新田開発に着手し、 その過程で九島院の前身となる草庵を当地に創建する。
1663年
(寛文3年)
拙道和尚を迎えて祈祷所「九嶋庵」を建立。 新田鎮護と五穀豊穣を祈願する道場として機能し始める。
1670年8月15日
(寛文10年)
隠元禅師の高弟・龍渓性潜禅師を招き、 本堂の入仏開堂法要(開山法要)を盛大に執行する。
1670年8月23日
(寛文10年)
開山法要の8日後、暴風雨による高潮が九条島を襲う。 龍渓禅師は泰然自若として座禅のまま入寂し、 境内に墓所が建立される。
1847年
(弘化4年)
開山法要に現れたとされる大海亀の伝説を後世に伝えるため、 石碑「大亀通霊」が建立される。
1945年
(昭和20年)
大阪大空襲により、本堂や塔頭などの伽藍が全焼し、 草創以来の建造物を失う大きな被害を受ける。
1966年
(昭和41年)
戦後復興の一環として本堂を再建。 あわせて新たな本尊となる聖観世音菩薩像を造立し、 堂内に安置する。
1970年
(昭和45年)
境内にある龍渓性潜禅師の墓所が大阪市指定史跡に指定され、 山門前に史跡標識が設置される。
1990年
(平成2年)
本堂の修復・増改築、息災延命観音像の建立、 庭園整備、寺務所(龍燈会館)の新築など、 境内施設の復興事業に着手する。
2019年
(令和元年)
開創350年を迎え、記念行事や法要を実施。 寺史を振り返る催しが行われ、 地域に根付く黄檗宗古刹として改めて注目される。