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増輝山 安養院 九品寺ぞうきざん あんよういん くほんじ

念誉曲宗上人が再興し、天満・同心の地で静かに法灯を守り続ける浄土宗の古刹

寺院名 増輝山 安養院 九品寺
所在地 大阪府大阪市北区同心1丁目4-8
宗派 浄土宗
山号 増輝山(ぞうきざん)
院号 安養院(あんよういん)
本尊 阿弥陀如来
創建 天正11年(1583年)
開基 念誉曲宗上人

安土桃山期に念誉曲宗上人が開いた、同心の地で静かに法灯を守る浄土宗寺院

九品寺(くほんじ)は、天正11年(1583年)に浄土宗の僧・念誉曲宗上人によって創建された歴史ある寺院です。山号は「増輝山」、院号は「安養院」を称し、本尊には阿弥陀如来を安置します。創建当時、天満・同心周辺は大坂城下の発展とともに寺院が集まる地域となり、九品寺もその一寺として地域の信仰を支えてきました。

九品寺は現在、一般参拝を受け付けておらず、山門は常時閉鎖されています。観光寺院ではなく、主に檀信徒の供養や法要を中心とした運営が行われる「非公開寺院」の性格を持っています。外部から伺える静謐な佇まいは、安土桃山期から続く寺院としての歴史を今に伝え、都心の喧騒の中にあっても変わらない信仰の場として存在し続けています。

  • 寺町通りに面した切妻造瓦葺の山門

    九品寺は寺町通りの角地に位置し、正面には風格ある切妻造瓦葺の山門が構えられています。扁額には右書きで「九品佛」と記され、江戸末期再建と伝わる古い門構えが今も寺町の景観に溶け込んでいます。

  • 再建・改修を経た近代的外観の本堂

    山門奥にある本堂は阿弥陀如来を安置する仏堂で、幕末の再建時には木造でしたが、戦災を免れたのち老朽化に伴い改修され、現在は鉄筋コンクリート造に近い近代的な外観となっています。内部は本来の仏堂としての荘厳を保っています。

  • 都市寺院ならではの境内配置

    境内は比較的小規模で、寺域の一部は駐車場として利用されるなど、都市部寺院としての実用的な工夫が見られます。山門・本堂以外に大規模な伽藍は確認されません。

  • 儒学者・五井持軒の墓が残る歴史的境内

    境内には江戸中期の儒学者・五井持軒の墓所が残されており、九品寺がその菩提寺として歴史的役割を担ってきたことがわかります(一般公開はされていません)。

  • 文化財指定なしだが歴史を語る寺院

    本堂・山門を含め、公的な文化財指定はありませんが、その佇まいは地域の歴史を静かに伝えています。建造物や寺宝に文化財登録はないものの、寺院自体が歴史的空気を今に留めています。

九品寺のあゆみ

  • 奈良時代前期
    (8世紀)

    行基による開創伝承

    僧・行基が当地に寺院を開いたと伝わるが、創建年や具体的状況は不明。あくまで伝承上の起源とされる。

  • 1583年
    (天正11年)

    念誉曲宗上人による再興・浄土宗への改宗

    念誉曲宗上人が寺院を再興。従来は禅宗寺院だったが、この時に浄土宗へ改宗したとされ、現在の九品寺はこの年を正式な創建とみなしている。

  • 1721年
    (享保6年)

    儒学者・五井持軒の埋葬

    大阪儒学の草創期を支えた五井持軒が没し、三日後に九品寺境内に葬られる。以後、五井家の菩提寺としての役割を担うようになる。

  • 1837年
    (天保8年)

    天満の大火で伽藍全焼

    大塩平八郎の乱に伴う「天満の大火」で本堂・山門など伽藍が全焼。寺院史上最大級の被害となる。

  • 1848年
    (弘化5年)

    堂宇の再建

    焼失から約10年後、木造瓦葺の伝統的様式による本堂・山門が再建され、寺院としての機能を回復する。

  • 1945年
    (昭和20年)

    大阪大空襲を免れる

    太平洋戦争末期の空襲で多くの寺院が被災したが、九品寺は奇跡的に延焼を免れ、幕末期再建の伽藍が戦後まで残された。

  • 現在

    非公開寺院として静かに存続

    現在も一般参拝は不可であり、檀信徒の法要を中心に静かに運営されている。安土桃山期創建、奈良伝承の起源、儒学者の菩提寺など複合的な歴史を持つ寺院として今に至る。

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